昼寝ネコの雑記帳

2017年 03月 01日 ( 1 )

優しく親切なお嬢さん、どうも有難う


Meditango - Astor Piazzolla


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 永田町発、午後8時15分の地下鉄に乗った時は、少し息苦しかったが早歩きをしたせいだと思っていた。ところが、少しずつ胸が苦しくなり、同時に軽い脳貧血状態になってしまった。息苦しさが徐々に強くなり、渋谷まで我慢すれば、どこかに空席ができるだろうと思って我慢していた。目の前に座る女性たちは、文庫本を読んでいたり携帯に夢中になっていた。

 結局、渋谷で席を立つ人がいなかった。あと何駅乗れば降車駅に着くのか数えようとしたが、どうも不安感が募ってきて集中できない。考えてみたら、真冬の北海道でも大丈夫な位の完全武装で外出していた。体温が上昇しているせいなのかもしれないと思い、分厚いコートを脱いで網棚に上げた。上着のボタンを外し、中に着込んでいたカーディガンのボタンも外した。それでも徐々に心臓から力が抜けていく感じがあり、まっすぐに立っていることも辛くなってしまった。

 次の駅で降りてホームで横になろうかと思った。電車の出入り口周辺が少し空いていたので、そこに座り込もうかとも思った。

 持っていた2つの荷物も網棚に上げて、何とか体調が快復するように願った。しかし、脳貧血の症状も悪化し、心臓からも力が抜け、あまりにも辛くて、やむを得ず身体を二つに折って頭を下に下げた。

 その時、目の前で本を読んでいた女性がすっと立ち上がり、小さな声で「どうぞ」と言ってくれた。かろうじて「有難うございます」と、お礼を伝え椅子に座った。少し苦しかったので、前かがみになって症状が治まるのを待った。読書に夢中になっていると思っていたのだが、様子を察知して席を譲ってくれた。こんな優しく親切な女性が、目の前に座っていてくれて本当にありがたいと思った。文字通り命拾いをした。

 今日は月末だったので、振り込み作業に追われ、考えてみたら、昼食後は手巻寿司二本しか食べる時間がなかった。水分もあまり補給せず、常飲している酸素水も飲んでいなかった。

 おまけに今日は、1時間半ほど立ち放しの会場にいた。横につきっきりの人がいてくれて、いろいろ話をし、また何人かの方を選んで紹介してくれた。私としては、気を張って緊張していた90分だった。

 そんなこんなの悪コンディションが重なり、体調を崩してしまったようだ。なんとか駅にたどり着いた。お礼を言いたかったので、どこかに移動した、席を譲ってくれた女性を探した。窓越しに見つけたが、相変わらず読書に夢中で目を合わせる事はなかった。
 
 しばらくホームのベンチで息を整えた。改札口を出る頃には、食欲は無いもののパンぐらいは食べられそうだった。駅の構内のパン屋さんで小さなパンを買って家に向かった。途中、ドミノピザがあるのを思い出し、一番小さなサイズのマルゲリータとシーザーサラダを買った。

 家に着いた頃は、ほとんど体調が快復していた。今日ばかりは、優しく親切な若い女性に助けられたようなものだ。
 黒髪のポニーテールで、度のきつい眼鏡をかけ、夢中で読書していた。推定年齢は28歳、身長は156センチ、体重は41.5キロ、出身は静岡県、職業は出版社の編集者、独身、3人兄弟の真ん中で上と下は男の子、魚座、冗談は言わず人と群れるのが苦手、音楽の趣味はモーツアルト、高校時代は弓道部に属していた・ ・ ・こんな分析をして、想像してみたところで何になるのだろうか。でも本当に今日は、人様の親切をこれほどありがたく思ったことはない。

 この広い東京砂漠なので、二度とお目にかかる事は無いだろうと思う。でも直接お礼を伝えられなかったので、せめてここに書き残しておきたいと思う。・ ・ ・彼女が、このブログ読者であるという可能性は、まぁゼロだろう。

 どうもありがとうございました、本当に本当に助かりました。


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by hirune-neko | 2017-03-01 00:09 | 現実的なお話し | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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