客の来ない店
ある地方都市へ出張が決まった。何年ぶりだろうか。もし余裕があったら、かつて訪れたことがあるシャンソニエに行ってみようと思った。インターネットで調べたら、1店しか営業していいない。場所も違う。移転したのだろうか。
たまたま時間に余裕ができたので、電話して様子をきき、行ってみた。地図を片手にやっと見つけた。少し古めのビルの2階にある、その店のドアをそっと開けた。ん?なんだかちょっと様子がおかしいぞ。へっ?客が誰もいないではないか。もぬけの殻だった。 ん〜・・・。引き返すわけにも行かず、覚悟を決めて席に座る。ステージが始まるまで、経営者とおぼしき女性と、その方よりはずっと若い女性が向かい側に座った。会話をするしかない。 かつて4軒あったシャンソニエも、今ではこの店だけになってしまったそうだ。しかも来客ゼロ状態。どうしたのだろうか?それはこちらが聞きたい。ひとしきり、シャンソンについて語り合った。さすがにいろいろ詳しい。アズナブールは60本もの映画に出演しているという。トリュフォーの「ピアニストを撃て」しか知らなかった私は、さすがシャンソンの世界の方々だと、妙に感心した。 アズナブールが好きなことを告げたら、リクエストしていいと言われたので、ラ・ボエームをお願いした。続けて、アズナブールが作った「盲目の方が主人公の歌」を歌ってくれた。先日、戸川昌子さんが歌ったものだ。この方は、アズナブールの来日公演にわざわざ東京まで聴きに行ったそうだ。アズナブールの歌は、失恋とか恋の苦しみとか、愛の辛さとかがよく似合うと思う。同時に、80歳にもなって愛だ恋だと真面目に歌えること自体、超人的だと改めて思った。私は、足しても掛けても、恋なんていうサウンドがまったく自分の中で響かない。まったくゼロではないのだろうが、極めて薄口醤油であり、アルコール分0.03%のゲステルみたいな感じだ。その方が血圧にもいいのだろう。逆に、とても人間的な交わりには情熱を感じる。生き方や感じ方が近い方々には、同じ人種としての親近感を持てる。唯一、信頼に足るキーワードかもしれない。実際に国籍がどこの国であれ、自分と同じ人種は受け入れ、大事にしている、と思っている。 人を見る目はないかもしれないが、かぎ分ける嗅覚はちゃんと持ち合わせているようだ。同じ人種の匂いは分かるなぁ。いくら香水で誤魔化しても、やっぱり分かるなぁ。でないと、とんでもないトラブルになってしまうもの。・・・ん〜、なにかちょっとほろ苦い思ひ出が、チロチロと小出しに甦ってくる。もう、記憶の彼方だが。そうそう、悲しい酒や苦い酒もあったのだ。今は、苦い薬のお世話にならなくて済むよう、せいぜい老人らしく養生しなくては・・・。 で、結局、そのシャンソニエの女性経営者を励まし、握手をし、仕事の縁があって再訪するときは、また寄ると伝えて別れを告げた。私にできる精一杯の激励だった。お互いに、おそらく共有しているであろう「帰り来ぬ青春」の思いを胸に。風の冷たい夜だった。
by hirune-neko
| 2007-03-16 01:17
| 音楽・映画・本の世界
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Comments(2)
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君の名は
at 2007-03-16 23:47
x
あまり馴染みのないシャンソンですが、エディット・ピアフの歌声は印象的ですね。この人は「宿無し小雀」なんていうニックネームがあったそうですね。アズナブールを見出したのはピアフだったんですって?
0
Commented
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hirune-neko at 2007-03-17 00:13
>君の名は・・・さん
へえ、ピアフがアズナブールを見い出したんですか? 知りませんでした。さすがに地獄耳ですね。 でも、見い出されるというのは、歌手冥利につきますね。 天才のみが天才を知る・・・のでしょうね。
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・1951年
小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。 ・1969年 中央大学経済学部入学 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。 ・1974年 同大学卒業 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。 ・2006年 現在に至る プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。 ・2010年 宇宙の旅 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。 ・現在 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。 お気に入りブログ
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