昼寝ネコの雑記帳

94歳の車椅子の義母と期日前投票へ


María de Buenos Aires, 01. Contramilonga A La Funerala - Astor Piazzolla

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 期日前投票の場所は区役所の5階だった。車椅子をたたんで後部の荷室に入れ、義母を助手席に座らせた。シートベルトに馴れていないので、腕とベルトが絡まってしまい、かなり手間取った。現地では介助の人が車椅子を押してくれたが、付きっきりで投票用紙への記載を指示するのはできないと言われた。それでもなんとか投票を終えることができた。義母に確認したところ、何十年も投票していないと言った。あちゃ、である。

 午後6時近くだったが、投票する人たちが絶え間なく訪れていた。選挙に対する関心が高いのか、あるいは、いわゆる組織票と呼ばれる人たちなのか、様子を見ただけでは判然としなかった。しかし、読売新聞の記事によると10月6日時点の期日前投票者は、過去最高を記録したそうだ。おそらく、左右どちらの陣営も、ある種の危機感を抱き、投票行動に移したのではないだろうか。

 あとおよそ45時間後には開票が始まるのだろう。さて、どのような結果になるだろうか。たとえどのような結果になろうと、それは受け入れるしかない。誰に投票するか決めていない人たちが、有権者の40%以上も存在するようだ。ほとんどの有権者が、新聞やテレビだけで判断しているというのは大昔の話であり、かなりの人たちがインターネットを情報源にするようになっている。従って、一方的に印象操作や世論誘導ができる状況にはない。しかも、twitterなどでうっかり本音を吐こうものなら、あっという間にネット上で拡散されてしまい、魚拓も取られるから隠蔽することもできない。

 さて、特定の政党支持者や宗教団体から投票先を指示されているようなケースを除き、ごく一般の、いわゆる無党派といわれる人たちは、どのような投票行動にでるのだろうか。その点に関心を持っている。

 個人や家庭に情報を提供する構想を進めているが、棄権することだけは避けてほしいので、選挙に向けての提言もカテゴリーのひとつに考えたいと思っている。選挙で棄権し、その結果が不満な内容だったり、不本意な政策を行われても、それは受け入れるしかない。自分だけの問題ではなく、家族や子孫にまで影響を及ぼすのが選挙である。それは大人として自覚すべきことだだろう。

 私には何も力が無い。しかし、時間をかけて伝達できる相手の数を増やし、信頼を得ながら、より正しい判断に資していただけるような情報提供ができたら本望だ。つまり、マスメディアなどによる一連のプロパガンダ活動や種々の情報工作活動を、できるだけ無力化できるような仕組みを「妄想」している。それが、わが昼寝ネコ一族による、カウンター・インテリジェンス活動にあたるのではないかと・・・しつこいようだがあくまでも「妄想」段階である。

 しかし奇妙なことに、なんの具体的な根拠がないにも拘わらず、かなり明確なイメージが見えている・・・と妄想している。現時点では誰にも明かせない秘密戦略である。なぜ誰にも明かせないかというと、「本気でそんなことを考えているのか!?」と、呆れられるのが目に見えているからだ。

 それが妄想領域にあるうちは、なんの責任も問われないし、誰に責められることもない。ある意味では無責任で気楽なものだ。しかし、実際に現実社会で実現しようと考えるからこそ、重力に逆らって浮揚するかのように、老化という自然現象に抗って、四苦八苦しているのである。

 あくまでも利己的になって、自己欲求を満たそうとするのではなく、文字通り一人でも多くの方々の役に立ちたいというのがそもそもの動機である。古代イスラエルに生まれ、三千年生きているとか、多言語を理解するとか、本当はネコであるとか、ネコネットを活用しているとか、言いたい放題ではあるが、3年後か5年後か、さらには10年後かも知れないし、あるいは私の死後のことになるかもしれないが、ああ、そういえば昔、こんなことを目指していると言ってたな、と思い出していただけるかもしれない。

 まだまだ遺言を書くところまで深刻ではないものの、今日は94歳の義母を励まして一緒に期日前投票に行ってきたので、ちょっぴり公共性の感じられる気持ちを書き残しておきたいと思った。

 まだ投票にいらっしゃっていない方は、是非おいでになっていただきたい。心よりお願い申し上げる。


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by hirune-neko | 2017-10-20 23:56 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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