昼寝ネコの雑記帳

なんて神経に障らない曲であり演奏なのだろう


J.S.Bach BWV 853 - Patricia Hase

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 オーバーワーク気味の生活が続いているせいか、音楽的嗜好にも変化があるようだ。神経に障らない演奏で、そっとしておいてほしいと思う時が多くなってしまっている。

 昨日、横浜のある教会で結婚式があったそうだ。私は面識がないが、聞いた話だと新郎は67歳、新婦は81歳でともに初婚だそうだ。新婦は年齢には見えないほどの若々しい女性で、資産家でもあるのかと思ったが、そうではないようだ。かなり以前に脳梗塞になり、不自由な身体だそうだ。どんないきさつかは知らないが、新郎はずっとボランティアか何かで面倒を見ていたらしい。私の想像力を超える世界の出来事だ。

 Facebook友だちとコメントのやりとりをしたら、バンドネオン奏者の田辺義博さんが急逝されていたことが分かった。高場将美先生といい、福岡貞夫さんといい、アルゼンチンタンゴつながりの方々が、次々と視界から消えて行く。寂しい限りだ。

 そういえば、田辺義博さんの作品と演奏をYouTubeで見つけ、何度も聴きながら切ないストーリーを書いたことを思いだした。キーワードは何も思い出せないので、田辺さんの名前で検索し見つけた。

 「創作イメージ・La voz que no llegue~届かない声」というタイトルで、田辺さんの作曲による曲名をそのままタイトルに使っていた。最初の表現は、こんな感じだった。

 女にはかつて家庭があった。夫と、小さな息子が一人。ささいなことからお互いに激高し、そのまま離別してしまった。それ以来、女手ひとつで、なんとか子どもを育てようと昼も夜も働いた。ろくに化粧もせず、洋服も買わずただひたすら働いた。
 なのに2年も経たないうちに、男の子は肺炎をこじらせ、あっけなく他界してしまった。
 女にはなんの楽しみもなく、そのまま、時の流れに抗うこともできず、くる日もくる日も、まるで機械仕掛けの道化人形のように、単調な日々を送っていた。」

 通勤バスで見かける男性に心を惹かれるが、曲のタイトルにあるように結局は「届かない声」で終わってしまう。そんな切なく暗い人生を生きる女性の心象を表現してみた。田辺さんとはFacebook友だちだったので、メッセージを送り無理矢理読んでいただいた。迷惑だっただろうと思う。4年ちょっと前のことだ。

 4年も経過すれば、何かと変化がある。性格が排他で自閉的になっていると自覚しているのに、いざ人前に出ればかなり軽妙に話して人を笑わせている。なんたる自己矛盾だろうか。・・・絶対矛盾の自己同一という言葉を思い出したが、なんのことだったか意味不明だ。

 人里を離れ、近くに小さな沼地があり、木立に囲まれた小さな家に住んでいる自分の姿を想像している。風の音と木々の枝の擦れ合う音、小鳥のさえずり以外は何も聞こえない小さな世界。時間の流れを感じることもなく、過ぎ去った過去の苦渋と悔悟の中に埋没して行く沈黙の世界・・・しかし、セブンイレブンもなく、洋菓子屋も和菓子屋もない、そんな場所で一体何日生活できるのだろうかと思うと、あっという間に現実に引き戻されてしまう。

 おそらくは、最期の最期までこれまで通りに何かをやり続け、視力、聴力、筋力、気力の衰えと同居しながら心肺が停止する瞬間まで、悪あがきをするのだろうと思う。とうとう、そんなことを考える年齢になってしまったようだ。

創作イメージ・La voz que no llegue~届かない声」


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by hirune-neko | 2017-10-15 23:34 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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