昼寝ネコの雑記帳

私的なブログ記事を読んで、心の痛みを共有した

Shirley Horn - Solitary Moon

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 私のブログは、かなり以前からブログランキング「エッセイ・随筆」のカテゴリーに登録しており、読者の皆さんの応援をいただいている。

 このカテゴリーに登録しているあるブログは、あっという間に1位になり、徐々に順位を下げてかなり下位に見えなくなってしまう。そして忘れ去られた頃、また一気に1位まで駆け上がってくる。病気のため更新頻度が少ないので、このようなアップダウンになるのだろうと思う。

 そのブログの名前は「ビーチサイドの人魚姫」という。ブログ主・神戸俊樹さんは「天国の地図」という詩集を出版しており、その紹介文の中に以下の記述がある。

 「作者は幼いころ『心臓弁膜症』に罹患し、最初に手術を受けた時のことを回想して、『手術台に上がれば』を書いたとのことである。それをきっかけに、いつの間にか62作品の詩が出来上がっていたらしい。そして、心臓弁膜症に起因するうつ病を患い、現在は回復の途上にあると記されている。ここに本作品群の最大の特質があると言えるだろう。うつ病を克服し、社会復帰を目指す作者の個人史が、その内面の必然性によって詩文の形に表出した、痛切ながら鮮やかな青春物語なのである。」

 その「ビーチサイドの人魚姫」が昨日、久しぶりにランキングの1位に忽然と姿を現した。経緯の詳細は分からないものの、息子さんが仕事の5周年を記念して、落語の独演会を催したようだ。是非来てほしいと言われたため、コンディションを整えて静岡の会場に行った。

 そのブログ記事のタイトルは「息子の落語披露と40年越しの謝罪」と記されている。開演前に、中年の女性がスタッフに案内されて目の前を通り、席に着いた。見覚えがあると思ったら、息子さんの母親だった・・・つまり数十年前に知り合い、その後別離した女性との40年ぶりの再会となった。

 まるでよくできたテレビドラマのようなシーンが脳裏に映った。終演後、彼女と息子さんと40年ぶりに記念撮影をした。そのシーンが次のように記述されている。

 帰り支度をしている息子の母親に女性スタッフが声を掛け、父親が来ていることを告げたらしい。そして半ば強引に息子と立ち話をしている私の所に連れて来た。見詰め合う私とゆみ子、『40年ぶりだね…それはほぼ同時に二人の口から零れた。私はゆみ子の元に歩み寄り両手で彼女の肩を抱いた。そして彼女の耳元で小さく「ごめんね…」と呟いた。
 その様子を見ていた女性スタッフが思わずお母さん、泣いちゃう…と言葉を漏らした。その時の彼女の大きな瞳には海のように溢れんばかりの涙で一杯だったのかも知れない。それは初めて耳にした私からの40年越しの謝罪だったから…。
 そしてスッタフに促されながら親子3人でカメラの前に立った。こんな日が来ることを一体誰が予想出来ただろうか…。この時、一番嬉しく感無量だったのは息子の勇樹だった事は言うまでもない。30数年経って漸く手に入れた親子3人の記念写真だったのだから…。」

 これは決して創作ではなく、神戸俊樹さんが私的な情景を赤裸々に表現したのだと思う。私の涙腺もすっかり緩んでしまった。

 自分自身の過ぎ去った人生を振り返ると、未熟で判断力が備わっていなかった時期に、重大な選択ミスを犯した可能性は常にあったように思う。その時々に誤った方向に進んでいたら、家族にはどのような影響が残っていただろうか。晩年になって、悔やんでも悔やみきれない、文字通り悔悟と自責の念に苛まれていたに違いない・・・そんな心象風景を想像し、この作者の心の痛みを共有した。

 まだブログランキングの上位に残っている間に、是非とも原文をお読みいただきたいと思ったので、以下にご紹介させていただく。

【ブログ・ビーチサイドの人魚姫
「息子の落語披露と40年越しの謝罪」


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by hirune-neko | 2017-10-12 23:06 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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