昼寝ネコの雑記帳

雑感〜スペシャリストとゼネラリスト


Double Six of Paris - 2 VIDEO performances German TV 65

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 学生の頃、ジャズコーラスグループで聴いたのは、フランスのスゥィングル・シンガーズ、ダブル・シックス・オブ・パリス、そしてアメリカのマンハッタン・トランスファーだった。かれこれ半世紀ほど前の昔の話になってしまう。当時は斬新でデリケートで音楽性があり、すっかり魅せられたのを憶えている。改めて耳馴れたダブル・シックス・オブ・パリスの演奏を聴いてみた。映像の画質はさすがにヴィンテージだが、音楽的には全然旧さを感じない。深くは傾倒しなかったが、アメリカらしいマンハッタン・トランスファーのノリよりは、フランスの香りを漂わせるダブル・シックス・オブ・パリスの方が、今でもいいなと思う。

 最近はずっとアップル・サポートに電話する機会が多い。電話に出た人が手に負えない場合は上級アドバイザー、スペシャリストと呼ばれる人に代わってくれる。あらゆる問い合わせに対応できるよう、解決方法がデータベース化されているようだ。いわゆるインストラクターの仕事をしている人たちは、あらゆるトラブルを想定して、日々知識を蓄えているはずだ。専門家・スペシャリストと呼ばれる人たちだ。

 それに対し、英語ではゼネラリストという言葉がある。はて、日本語ではなんと表現するのだろうか。医者の場合は専門医と一般医だろうか。確かに、家庭医と呼ばれる医者は、場合によっては小さな子供から高齢者に至るまでを、幅広く診なければならないだろう・・・で、私には何か専門知識があるだろうか、と自問してみた。残念ながら専門家といえる分野はなく、従って専門知識はないと言っていいだろう。

 1981年に出版社を創立した。創業からかれこれ36年になるということだ。当時の知人が、「書くことの好きな」私には出版社が向いていると考えたらしく、ある出版社に勤めていたお兄さんに頼んでくれた。その出版社の役員の方が、当時は最大の取次会社だった東販(東京出版販売・現在のトーハン)に出向き、出版取引口座の開設をお願いしてくれた。頼めば簡単に開けるものだという程度の、まったく世間知らずの状態だった。上場企業でもなかなか出版口座を開設できないということは、後日になって知った。

 不思議な縁で、学研の営業課長さんと知り合いになり、新たに創設した出版販売グループに入れてもらった。講談社、河出書房新社、PHPなどの老舗出版社の中に、新参出版社の私を入れてもらった。

 接触する人たちは営業担当者ばかりだったが、コミュニケーションは麻雀だった。おかげで、お付き合い麻雀程度はこなせるようになった。少しずつ、出版業界の水にも馴れて、東販や日販の常務・専務クラスの方々に、独創的な提案をして取次・書店ルートを活用したスキームを拡大した。あの当時は、書籍や雑誌を販売するルートは、実質的に取次・書店ルートだけであり、正常ルートと呼ばれた。直販ルートもあったが、再販法の関係で日陰の存在だった。ある意味では、その正常ルート全盛の時代だった。

 現在はアマゾンを筆頭に、ネット販売の書店が林立している。アマゾンは当初、日本の閉鎖的な出版業界で出版社と直接取引ができず、大阪屋という取次から仕入れていた。やがては日販に変更したようだが、今では堂々と出版社との直接取引を拡大している。おまけに、電子書籍の発刊が一般的になってきているので、取次・書店ルートの経営環境が激変している。

 さて、改めて自問してみたが、企業や団体などの組織にとって、専門知識や技術を有する人材は、組織の規模が大きくなればなるほど必要となるのではないだろうか。零細・小規模な組織の場合は、一人で何役もこなさなくては成り立たない。実際に私は、書籍製作のDTP処理、サイト制作と運用、データベースプログラムの作成と運用、絵本用文章の作成、営業担当、カスタマー担当などなど、何役もこなしている。さりとてどの分野にも、スペシャリストといわれるような専門知識は持ち合わせていない。その時々に必要な知識を有して判断できれば、それでいいのだと思っている。

 確かに専門知識を深く持つのはいいことだと思う。しかし、全体を把握して適切な判断と選択ができる、いわゆるオーケストラの指揮者のような存在も不可欠なのではないだろうか。努めてそのように考え、あまり自分を卑下しないようにしたいと思う。

 ミニ自叙伝みたいなってしまったが、今日思い浮かんだ雑感である。


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by hirune-neko | 2017-10-12 01:13 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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