昼寝ネコの雑記帳

まだまだ言葉や文章にはならないものの・・・


Astor Piazzolla - Extasis

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 次男のお嫁さんが手術入院したため、三男家族がお見舞いに行った帰りに寄ってくれた。三男夫婦とやんちゃな孫娘が二人、一緒だった。三男は聴診器を取り出すと、94歳の義母を診てくれた。ついでに私の脈を取り、「不整脈はないね」と言い、聴診器を胸の何カ所かに当てて「診察」してくれた。自分の息子から診察されるのは初めてなので、つい「まるでお医者さんごっこみたいだね」と言ってしまった。

 振り返れば、学生結婚し子ども一人を抱えて一念発起。社会人になってから医学の道を志した。医学部在学中にさらに一人の娘を授かり、お嫁さんも家事と育児で大変だったと思うが、よく辛抱し協力してくれた。お嫁さんのご両親も、親身に応援してくれた。幼い娘二人も、朝から晩まで大声を上げてけんかし、両親に刺激を与え続けてくれた。でも、卒業時には医学部長賞をもらったそうだから、それなりにしっかり努力したのだと思う。まだあと2年ほど、研修医として大変な時期を過ごさなければならないが、なんとか無事に関門を通過してほしいものだ。

 3男1女、4人の子どもたちはそれぞれ異なる仕事をしている。しかしみんな、長いものに巻かれず独自の分野を切り拓いている。自分の血を引いているなと、ある意味で嬉しく、頼もしく思っている。

 今日もなんだかんだでこの時間になってしまった。午後帰宅してから、まだ漠然としている構想のイメージを、手書きで概念図化しようと思った。しかし、apple pencilが同期しないため、いつも通り仰向けに寝っ転がってiPadプロを胸に置き、無精な格好でアップルのサポートに電話した。Bluetoothに表示されているのを見落としたのが原因だったので、すぐにペアリングし使うことができるようになった。

 情報機関の設立を提案している福祉団体の認識と、私自身の構想にはまだまだ開きがあるので、将来を先取りし必要な状況になったときに、いつでも具体化できるよう、私なりの考えで私案を先行試作することにした。改めて、授業の資料を最初からめくっている。本当に基礎的でアカデミックな知識であるが、私にとっては大事な指針になっている。

 なるほどと思っているのは、アメリカ国家情報長官(DNI・Director of National Intelligence)室によるインテリジェンスの定義だ。記録のため、以下に記すと・・・

  1. 敵国に漏洩させることなく政策決定者に対して有効な判断材料を提供する。
  2. 潜在的な脅威について警告する。
  3. 重要事件の動向に関する情勢判断。
  4. 状況の認知、確認。
  5. 現在の状況に対する長期的な戦略評価。
  6. 国家の重要会議の準備、その保全。
  7. 海外出張の際の秘密保全。
  8. 現在進行形の短期的情勢判断。
  9. 重要参考人に関する情報管理。

過日掲載した内容と重複するが、シャーマン・ケントによる定義。

  1. インテリジェンスとは、知識、組織、機能である。
  2. 知識:政策決定者や軍人が知っておかなくてはならない外国の知識のこと。
  3. 組織:情報収集、分析、配布などを行う組織のこと。
  4. 機能:情報収集、分析、配布など一連のプロセスのこと。

講師・小谷賢先生の定義。

  1. 国益のために収集、分析、評価された外交・安全保障政策の判断のための情報。

 これらは、第一回目の講義で、オリエンテーションとして配布された資料に掲載されている一部である。あくまでもアカデミックな知識になるが、これらを参考にして現実の動きや組織形態に対し、どのように応用するかが当面の課題である。

 残念なことに、実際には相手の理解度や認識度に応じて、提案しなければならない。間違っても、相手から具体的な指示や手引書を与えられることはない。常に視野を広くし、中長期的な予測に基づいて情報の収集・分析機能を青写真として作成する必要がある。

 私の先祖や親族には情報機関に籍を置いた人間は存在しない。なぜ私が、国家インテリジェンスに興味を持ち、勉強する気になったのか自分でもその理由を把握していない。サルトルやカミュの思想から派生するはずもなく、長年にわたって醸成された自分自身の人生観、価値観、使命感などが渾然一体となり、徐々にその姿を現したように思う。

 国家インテリジェンスに加えファミリー・インテリジェンス、そしてさらに最近では神学的インテリジェンスなどという発想も浮上してきている。ファミリー・インテリジェンスも神学的インテリジェンスも、おそらく世界中で誰も着目していない発想なのではないかと思う。

 全くカテゴリーの異なる複数の分野で発信されている情報を、独自の感覚と思想で統合一体化しようとしているのではないだろうか。善し悪しは別として、それが私の個性であり、ゆえに独自の発想になってしまっていると思う。振り返ってみれば、かなりの年数を費やして非現実的な領域で思考を重ねてきた。でも、ようやく私の脳内では外形が明確になりつつある。とはいっても、まだ先は長い。

 世界中のネコたちの知恵と協力を借りて、さらには人間でもかなり風変わりで個性的な人達とも理念を共有し、なるべく早急に公開したいと願っている。やれやれ、疲れる人生であるし、何かに憑かれている人生でもある。


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by hirune-neko | 2017-09-11 00:50 | インテリジェンス | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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