昼寝ネコの雑記帳

何度聴いてもまた聴きたくなる曲だ


J.S.Bach: Well-Tempered Clavier Bk 1 BWV 853 8. Prelude & Fugue 8 in E flat minor

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 朝目が覚めたら寒気がした。数年前の症状を思い出した。足の傷口から菌が入り胆嚢炎になった、という診断で約1週間は入院しただろうか。

 ・・・結局今日は体温を測ることも忘れて過ごしたが、頭の中の違和感が強く、心臓からは力が抜ける不安感があった。椅子に座っているのも辛いほど、背中の筋が異常に凝ってしまう。三重苦の一日だった。

 最近、歩く習慣から少し遠ざかっているせいもあるかもしれないと思い、外に出た。生憎の雨だったが、傘を差して歩き始めた。少し疲労を溜め込み過ぎているのかもしれない。こんな体調の時は、時間が永続するという妄想から現実に引き戻されてしまう。一体、試行錯誤の時間があとどの程度残されているのかという、マイナス思考に陥ってしまう。

 言葉は使いようによっては人を感動させる。しかし時として空しい議論は、表象だけの満足を与えるものの、言葉の残骸だけが空虚に残されることもある。ひとつひとつの言葉を厳密に定義していけば、概念の共有は幻想だったことに気づく。

 人々の人生が、実態のない空虚な残骸として曝されないよう願っている。視界に入る実態は勿論重要だが、視界に入らない、目に見えない実態は、多くの場合見逃されがちだが、実はそこに多くの重要な鍵が隠されていると思うようになっている。

 今日は終戦記念日だ。現今の日米安保条約とは裏腹に、アメリカによって一般市民が大量に原爆で殺戮されたという事実を思い起こしている。当時、陸軍中野学校の出身者が残置諜者として日本に帰らず、その中の一人が北朝鮮に残った。そして、アメリカに原爆報復をするという決意で北朝鮮の軍事顧問を務め、核開発を推進したという記述を思い出している。

 現実世界では、北朝鮮が4発のICBMをグアム周辺に打ち込むと豪語して、まだそんなに日が経っていないものの、計画の撤回を表明したらしい。目に見えない水面下での、関係諸国の緊迫した調整が連続しているのだろうが、その実態は推測することすらできない。

 日本の危機を主張する人が多い。憲法改正は日本を戦争ができる国にしてしまう、戦争は絶対反対だ。一方で、いざというときは戦争ができる国、即ち先制攻撃ができる軍事力を持って初めて相手国に対する抑止力になり、軍事力のない外交は非力だ、という現実論もある。そして自分の考えに合わない人に対して議論を挑む人も多い。

 毎日、数十種類の政治ブログに目を通すが、改めて「余命三年時事日記」は極めて特異なブログだと認識している。マスメディアが長年にわたって秘匿してきた実態を開示し、ピンポイントで焦点を定め、法律に則った対応を促している。現実を踏まえ、政権転覆、国家転覆、属国化、実効支配という他国勢力の目論見を挫く上で、実効性のある行動を目指していると認識している。

 さて、こんな風に体調不良の私が、何をどこまでできるのだろうか。今日ばかりは少々弱気になってしまった。

 反省点のひとつは、睡眠の質が悪いことだろう。毎日のウォーキングを実行していないこともある。しかし逆に、私のように根底に色濃い厭世観を持ってしまっている人間の方が、醒めた目で社会を定点観測できるのではないだろうか、と居直ってもいる。多極化する論点を静観し、人間の生き方、内面世界、人生観、価値観、感性、国家観、世界観を大切に考える・・・そのような領域から、独自の考えを発信しても許されるのではないだろうか。

 ピアソラほどではないものの、世の中の風潮に反逆して独自路線を貫こうとする私自身、そして共鳴してくれる人たちの手で、いつかある日、濃い霧の中から現実感を伴った「何か」が忽然と姿を現すのを期待したいと思う。それまでは妄想家の言葉に甘んじるが、あくまでも、見つめているのは現実の事象である。

 ・・・体調が悪いときはじっとおとなしく寝ていればいいのに、書き始めると止まらなくなってしまう。マウスの残り電力も2%になってしまい、きりもいいので、これにて明朝まで自宅療養させていただく。

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by hirune-neko | 2017-08-16 00:22 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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