昼寝ネコの雑記帳

興味深い記事〜沈黙を破る羊たち


Antonio Carlos Jobim & Shirley Horn Once I Loved

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 これまでにも何度か触れているが、受信料を徴収しているNHKを除くと、基本的にはどのテレビ局、新聞社、雑誌出版社の主要な収入源は広告である。さらに言うと、広告主は広告効果によって売上が伸びることを期待している。しかし、購買者である消費者がその企業体質や、あるいは商品に対して拒否感を抱いてしまうと、売り上げが落ちてしまう。そのような状況になると、広告主にとっては大きな痛手となる。

 私は以前、他国の原産である食品を、「加工日本国内」の表現を前面に出し、大々的に加工食品を販売しているスーパーについて指摘したことがある。この場合は企業の姿勢とともに、食品そのものの安全性について不安を抱くからだ。それ以来私はここ何年ものあいだ、そのスーパーには立ち寄っていない。

 今日、目に留まったのは行橋市議会議員の、小坪しんやさんのブログ記事だ。
 8月5日付の記事で、タイトルは

【拡散】再春館製薬がTBSひるおびのスポンサーから撤退【偏向報道を許さない人はシェア】

 あるテレビ局が放送している番組の報道姿勢に対し、視聴者の方が直接スポンサーにコンタクトして、疑問や不満を伝えたようだ。その結果、そのスポンサー会社は数ヶ月前から広告を出さないようになったと書かれている。

 小坪議員は、そのような動きが広がることを期待し、スポンサー企業側の思考パターンについても分析している。なるほど、と感心している。

 平均的な日本人は、すぐに激高したりせず、抑制的・理性的な行動に出ると感じている。それだけに、表面的には目立たないが、そのような意識は瞬く間に共有され、大きな流れを形成する可能性が高い。

 ともすれば、団体で示威行動を行うような人たちも多く存在するが、文字通りもの言わぬ沈黙の羊たちが、個々に冷静な行動を起こすだけで、現今の情報戦争に一石を投じるようになりつつあるのだろうか。いや、このような動きが連鎖的に広がれば、一石どころか二石も三石も投じる結果になるのではないだろうか。実に賢明で戦略的な発想だと思う。

 以下に、小坪議員のブログ記事から一部をご紹介する。日本国民による主体的・自主的な民間防衛にもつながると判断している。

【行橋市 市議会議員 小坪しんや
【拡散】再春館製薬がTBSひるおびのスポンサーから撤退【偏向報道を許さない人はシェア】
(以下、一部引用開始)
元都議の吉田康一郎氏がTwitter上で投稿していた通り、捏造や偏向報道が酷いと指摘されている「TBS・ひるおび」について、再春館製薬所がスポンサーを降りていた。本件について、”私たちが為すべきこと”と、今後につなげていくための戦法を記しておきたい。
まず事実認定であるが、スポンサーから降りているのか否かも、web上ではひと悶着あった。結論であるが、スポンサーは降りている。理由については(様々な憶測があるが)偏向報道が起因かは不明。またスポンサーを降りたのも数か月前の模様。
私たちは、再春館製薬を応援せねばならない。
理由の如何を問わず、降りたことは事実だ。
①声を届ける
1-1)メールを送る。
1-2)英断であるとネットで拡散する。
1-3)発言できる場があれば、支持表明を行う。
これが重要なのは、「目に見える」からだ。
スポンサーからの撤退は、収益上プラスであるか否かで判断され、それはつまり「消費者の声」が全てである。ブランドイメージを向上させるために広告を打っているのであり、”降りたほうが得だった”と思って頂く必要がある。
そう思わせることができなれければ、【次は出てこない】し、【スポンサーに戻る】だろう。このように注目されれば、TBSひるおびは、『何がなんでも再春館製薬に戻って欲しい』と懇願するだろうし、凄まじい値引きだってあるかもしれない。今こそ動きべき時。これが防御に相当する。
②買う。
1-1)ドモホルンリンクルなど、再春館製薬の製品を購入する。
1-2)試供品でもいいので、何か先方の利益となる行動を行う。
1-3)男性陣は、女性陣にとりあえず勧める。
「声を伝える」ことを防御と書いたが、こちらが攻め、だ。
再春館製薬の場合は「通販」であり、当該企業側で「成績」がはっきりわかる。スポンサーを降りたことで【売上高が、あがった】場合はどうだろう?
同業界の動き、それは化粧品関連ではなく、”通販全体”に対して、どのようなインパクトを与えるだろうか。
だからこそ、買い支える必要がある。
再春館製薬は決断をした。私たちはこれを喜ぶだけでいいのか。
ここで動かねば「戻ってしまう」リスクがある上に、「次が続かない」のだ。
決めるのは、メディアではない。最終的に決めるのは、私たち消費者だ。

※ 小坪ショック
各企業のコンプライアンス部門を”震撼”させた事件がある。
かつて、同じくTBSにおいて、ブルーリボンバッチをつけた政治家を悪しざまに描いたドラマがあった。多数の抗議がいつものように寄せられ、同じくスポンサー凸がなせれた。
「企業側からのレスポンス」を列挙し、「横並びで比較検討」され、【点数付け】されたというのは、先方からすれば【衝撃】だったらしい。いまだに大企業からアクセスが絶えない。以降、(スポンサー凸に対する)対外文書には、相当に気を使っているそうで、(比較される可能性を考慮し)「他の企業の動き」を意識しているそうだ。これは”小坪ショック”と名付けられているそうで(知らなかった。)そちらについても紹介する。
(以上、一部引用終了)

・引用先 URL:
 https://samurai20.jp/2017/08/tbs7/

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by hirune-neko | 2017-08-07 01:37 | インテリジェンス | Comments(0)
<< へぇ〜、二度も驚いてしまった 生きている限り、今も人生のイントロだ >>



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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