昼寝ネコの雑記帳

追加コメント〜ブログ読者の方から


helen merrill what's new


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 昨晩の記事で、村上春樹作品をシビアに論じた、ブログ読者・causalさんの投稿コメントを紹介したが、それを読まれて今朝、改めて追加のコメントを投稿された。以下にご紹介させていただく。

【ブログ読者・causalさんの投稿コメント】
(引用開始)
 私の「村上本には日本が無い。」との感想ですが、酷評の味付けが薄すぎたと反省しております。
 本当はもっと酷いのです。
 「昔の日活の無国籍映画を見るようだ。小林旭や宍戸錠主演の渡り鳥シリーズみたいな「うどんウエスタンの小説版」ではないか!!」

 文学賞選考委員の意見は、流石に無教養な私とは違うのですが、同じ事を言っていると思います。
 「アメリカ文学からの影響が」「外国の翻訳小説の読み過ぎで書いたような、ハイカラなバタくさい処が…」
 「今日のアメリカ小説をたくみに模倣した作品もあったが…。」等々。

 日本ではなく海外読者の心を掴み、「売らんかな」の姿勢がタイトルからも覗えます。
 「ノルウェーの森」「海辺のカフカ」等々。
(引用終了)

 causalさん、とても参考になる連続投稿にお礼申し上げる。

 私は二十代の後半からアメリカに行き始めた。高校生の頃からジャズを本格的に聴いていたし、いわゆるハリウッド映画だけでなく、エルモア・レナードやロバート・B・パーカーなどのアメリカン・ハードボイルド小説にも親しんでいたので、ある種の憧憬があったのは事実だ。

 何年間かは仕事の関係で、アメリカ一辺倒だったが、その後新天地を求めて渡欧するようになった。英語も通じるし・・・と甘く考え、旧知の弁護士がクリフォード・チャンスという、大きな弁護士事務所に所属していたこともあって、最初はロンドンを拠点に模索を始めた。

 英国人と対面して、明らかにアメリカ人のメンタリティや価値観とは異なると感じた。アメリカの大都会の持つ雰囲気と、ロンドンの雰囲気はまるで違った。乱暴な言い方をすれば、アメリカに較べると、ロンドンの人間も街も、陰影が深い。

 いろいろな経緯があったが、ヨーロッパの国々を動き回るには、ロンドンよりもパリの方が圧倒的に便利だということが分かった。たまたま、ブローニュの森の近くに住んでいた、旧知の日本人夫婦の紹介で、新婚間もない夫婦のアパートに転がり込み、同居生活を始めた。普通では考えられないことだが、一カ月以上は居候の身だった。奥さんはブルターニュの出身で、ご主人はフツナという、確かフランス領ミクロネシアの島の王様の長男だった。今にして思えば、畏れ多いことだ。

 結局は、スイスとドイツまでしか行かなかったが、移民の国でもある英国やフランスで、多国籍の人たちと対面する機会があった。とくに意識はしなかったが、日本人である自分が、徐々に無国籍人間になりつつあるのを実感していた。

 ブログ読者・causalさんのコメントで表現されていた、「村上春樹作品の中には日本の痕跡がない」という意味の表現を目にしたとき、改めて自分が果たして今でも無国籍人間なのかどうなのか、自問してみた。・・・自問してみたが、答えは出なかった。ただ、私は私である・・・というしかない。

 当時の私は日本が嫌いだった。日本で生活していること自体に圧迫感を感じ、バスで成田空港に近づくにつれて解放感を味わったものだ。機内ではすっかりくつろぎ、サン・フランシスコ空港に到着したときには、まるで亡命者のように、自由で新しい未来世界が開けるような気分に浸った。

 その一番の理由は明らかだ。あの頃の私はまだ若く、社会や国の表層しか目に入らず、しかも、ある種の虚構である映画や小説からのイメージで、その国を捉えていた。深層に蠢く錯綜した、複雑な事象など視野に入るはずもない。

 あれから30年以上が経過した。今の私は少なくとも、人間や社会、国家の実態を表層で捉えず、その背後に存在する目に見えない深層領域を洞察しようと試みている。気がついたら、それがいつの間にか私自身の体質として、身体中に染みついてしまっているようだ。

 今の私は、完全に日本らしさを肯定的に考えている。国家の体内に歴史的に浸透してきた、「病巣」を抱えているのは事実だと思う。しかし、その病巣は時間経過とともに、善良な人たちの手によって徐々に開示され、日本人の多くはその独特の感性で、忌避感を強めている。ここ何年かのインターネットの普及と、加速度的な情報の拡散により、世論に大きな影響を与えてきたオールドメディアは、すでに衰退の途をたどっている。

 神学的な表現を借りれば、この時代は明らかに、イスラエルの散乱し失われた支族が再集合する時期にさしかかっていると思う。日本人は・・・全てとはいえないものの、大多数の日本人はその心の中に、信仰心にも似た正義感と潔癖さ、倫理観、慈愛の情を持ち続けている。実際に宗教者ではなくても、義に忠実なDNAを持ち続けている。

 狭い国土で資源も少ない国だが、民が一致結束し、光を放つ潜在的な力を有する、強大で恐るべき国民であると考えている。無限の底力を有するのが日本人である。

 日本も幾多の試練を経てきたが、真に「日本的な」底流が、地面を引き裂いて溢れ出てくる時代になっていると思っている。私は、そのような視点から、これからも自分のできることを追求していきたいと思っている。

 ブログ読者の方に、すっかり啓発された次第である。改めて、causalさんにはお礼を申し上げる。アメリカやアフリカを舞台にした短編をいくつか書いたことがあるが、ちゃんと作品中に「日本的なもの」を失わないように書き続けたいと思う。・・・いや、やはり私には今でもある種の無国籍人間のような感覚は残っているが、日本の良さに根ざした感性は失わないようにしたいと思う。日本的な良さに立脚した、国際感覚を維持したいと思う。


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by hirune-neko | 2017-06-14 00:55 | 創作への道 | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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