昼寝ネコの雑記帳

自分が正真正銘の妄想家だと確信した


A Time for Love by Shirley Horn


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 村上春樹の研究家が、学会での発表のため英文で原稿を書き、それを自ら日本語に翻訳して私に推敲というか、添削の依頼をしてきたのは先週で終えた。A4サイズで6ページだった。

 新たな依頼があった。円卓会議のような場で、村上春樹をテーマに5分ほどの発表があるので、また日本文を推敲してほしいという。英文はA4サイズで1ページなので、日本文では2ページになるとのことだった。日本人が、なぜ村上春樹の作品を日本語だけでなく、英語でも読みたがるか・・・という内容なので、昼寝ネコにはぴったりだと付け加えられた。

 できれば事前に英文を送ってもらい、雰囲気だけでも確認しておきたいと願い出た。今日、その英文原稿が届いた。1ページではなく2ページ半だった。

 どんな内容か開いてみた。最初から最後まで、音読してみた。そんなに難解ではなかった。彼は、日本語訳に10日ほどかかるので、待ってほしいと連絡してきた。

 そのとき、心の中に良からぬ考えが浮かんでしまった。この際だから、自分で和訳し、その訳文を彼に送ってチェックしてもらおう、と考えたのである。そのような展開になると、私の翻訳能力を判定してもらういい機会になるではないか・・・そう考えたのである。

 夕方から何時間かかけて、半分近くを翻訳し終えた。途中、どうしても意味を把握できない文章に遭遇したので、無理に一気に終えるのを止め、途中までの翻訳文を見てもらおうと思う。

 黙って彼の日本語翻訳文を待っていれば楽なのに、脳内で妄想ストーリーが駆け巡ってしまった。どんな妄想かというと・・・

 私が短時間で翻訳した日本文を読んだ後、彼の教える大学で、日本人の同僚に読んでもらったら、ひょっとして村上春樹が翻訳したのか?というほどの評価を受ける・・・いやいや、村上春樹ではなく、村上冬樹だよ・・・という冗談が飛び交う。

 その評判を聞き、英語圏の人たちの間で、村上春樹もどきの村上冬樹の存在が知られるようになる。やがて論文の日本語訳の依頼が増え出すことになる。調子に乗った私は、睡眠時間を削って、次々と引き受ける。

 やがて、私は自分の作品集を出版し、村上春樹研究家を中心に、英語圏の人たちが興味本位で買って読んでくれる。そのうち、アメリカの雑誌編集者の目に留まり、短編が何点か翻訳され、英語雑誌に掲載されることになる。

 ・・・いいぞいいぞ、その調子だ。

 ある日、会社に電話がかかってくる。相手は英語を話す女性だった。・・・以下、日本語に翻訳して実況中継することにする。あっ、あくまでも、妄想シーンの実況である。

相手「昼寝ネコさんですか?」

ネコ「はい、ネコが英語を話すので驚きましたか?」

相手「ハハハ・・・私は、アレクサンドラ・ウディノフと申します。ニューヨークで海外出版の仲介をしている会社に所属しています。」

ネコ「名前を聞いた瞬間、ロシア系の方がと思いました。」

相手「はい、両親はウクライナの出身で、アメリカに移住してきました。」

ネコ「お名前をお聞きして、冗談かと思ったんですよ。」

相手「どうしてですか?」

ネコ「いや、アメリカのテレビドラマに出てくる名前なので、一瞬冗談かと思ったんですよ。」

相手「昼寝ネコさんは、ひょっとしてニキータをご覧になってましたか?」

ネコ「へー、よくわかりましたね。」

相手「はい、アメリカではニキータが人気のテレビドラマでしたので、アレクサンドラ・ウディノフの名前を知ってる人が多いんです。ですからたくさんの人が、私の名前を聞いて怪訝な表情をするんですよ。」

ネコ「なるほど。ところで、今ニューヨークは何時なんですか?」

相手「いえ、私は今東京から電話をしてるんです。仕事の関係で、日本の出版社何社かと商談をしている最中なんです。」

ネコ「なるほど、そうでしたか。で、私に何のご用でしょうか。」

相手「はい、ニューヨークを発つ前に企画会議をしました。以前から、昼寝ネコさんの作品を多言語出版するという構想がありました。せっかく日本に行くのだから、直接お会いしてご相談したいと思ってお電話しました。」

ネコ「多言語ってどんな言語ですか?」

相手「はい、主要な言語は英語、スペイン語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、ポルトガル語、ロシア語です。それに加えて、他の言語にもかなり対応しています。」

ネコ「へー、そんなに多言語なんですか。すごいですね。でも、私の作品がインターナショナルに読まれるような需要があるんでしょうか。」

相手「はい、もちろんです。私たちはこの仕事を長年にわたって行っていますので、出版物の需要予測は得意分野なんです。」

ネコ「なるほど、わかりました。お話だけでも伺ってみたいので、アメリカにお帰りになる前に、一度どこかでお会いしましょう。」

 ・・・このような妄想話は際限がなくなるので、ここで終わることにする。本当は、もっともっと続編があって、最終的には私が正真正銘の妄想家だと自覚するほど、ストーリーが展開するのである。でもまぁ、それぐらいの妄想力がなければ、とても創作などできないのではないだろうか。

 相変わらずまだ、私は日本語の村上春樹作品を読んでいない。私のほうが勝手にライバル視しているだけだが、一応は天下の村上春樹なので、どんな作風なのが読ませていただこうと思っている。

 まぁ私の場合は、妄想と現実が紙一重なので、正常なのか異常なのかと訊かれても、自信を持って答えることができない。そう遠くない将来、「続・昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版するので、半信半疑でお待ちいただきたい。これは妄想ではなく、十分に現実化できる内容である。


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by hirune-neko | 2017-06-11 00:00 | 創作への道 | Comments(2)
Commented by causal at 2017-06-12 07:34 x
おはようございます。
新刊の村上本は「期待はずれで大量返本の可能性が浮上」と
書かれていますね。版元の新潮社では130万部を用意したが
50万部以上が返本か ?
私は彼の本を何冊も読んだ経験上。はっきり申し上げます。
村上本には「日本が無い」と。月が川端康成、三島由紀夫とすれば、すっぽんが村上本。読む価値もありません。
Commented by hirune-neko at 2017-06-12 14:10
causalさん

興味深いコメントを有難うございました。
村上春樹作品を読んでいない私としては、
最も参考になる評価です。
有難うございます。

版元の新潮社では130万部を用意
→「期待はずれで大量返本の可能性が浮上」
へぇ?驚きました。

>村上本には「日本が無い」と。
>月が川端康成、三島由紀夫とすれば、
>すっぽんが村上本。読む価値もありません。

これには笑ってしまいました。
どうやら私のライバルが一人、自滅したようです。笑

実は、ニュージーランド出身の村上研究家は、
ファーストネームがJonathanです。
教えてくださった、リンゴの歌に出ていました。
今度、本人にJonathanという種類のリンゴを
知ってるかどうか、訊いてみます。
そのついでに、causalさんのとてもシビアな
評論も伝えてみます。
何か反応があったら、ご報告します。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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