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昼寝ネコの雑記帳

東アジア情勢を神学的視点から予測してみた


Astor Piazzolla plays Piazzolla Bandoneon Concerto II.-Moderato


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 大学生のとき、東京・練馬区にあったキリスト教の神学校・ ・ ・の近くに北海道出身の学生の寮があり、そこで4年間を過ごした。私が神学校で学んだわけではない。
 12月のクリスマスの頃、その神学校の神父さんらしき人と学生のみなさんが、私たちの寮を訪れた。おそらくは、愛の布教のために交流をしたいと思ったのだと思う。

 神父さんと学生さんたちは、何やら賛美歌と思われる歌を歌った。我が寮生たちは、それに対する返礼として、みんなで歌を歌うことになった。東京音頭という歌だった。東京音頭をそのまま歌えば、何事も起きずに友好的な時間を過ごすことができた。しかし、実際に歌ったのは東京音頭の替え歌であり、いわゆる卑猥な内容の歌詞だった。出だしのしばらくは、神父さんも学生のみなさんもにこやかに聴いていた。しかし、歌詞をよく聞くと全く卑猥な内容であり、それに気づいた皆さんは、何も言わず途中で立ち去っていった。今にして思えば、なんと失礼で非常識な応対だったのだろうかと思う。

 だからといって、北海道出身の人たちを偏見の目で見ないでいただきたい。たまたまそこで寮生活を送っていた学生たちが、よくいえば粗野であり、悪くいえば向こう見ずだっただけである。いずれにしても、周りの空気を全く読まない人間の集まりだったと思う。もしこの文章を、当時の寮生仲間が読んだら、お前こそその最たる者だった、と言うだろう。

 学生時代は、きっかけは覚えていないが、サルトルの実存主義という考え方に傾倒した。同時代人だったカミュに対しては、さらにもっと傾倒した。いずれもキリスト教を根底から否定する無神論の考え方だった。そのため私はいつしか、どこかの教会に乗り込んで牧師さん・神父さんと議論をし、いかにキリスト教が間違っているかを説明したいと思い始めていた。そんな私なので、神学校で学ぶ敬虔なクリスチャンの皆さんに対して、卑猥な歌を歌ったことに、何も罪悪感を感じなかった。

 それからしばらくして、古典ともいえるパスカルの「パンセ」という本を読んだ。パンセとは、フランス語で考える、という意味であり「人間は考える葦である」という言葉で有名だと思う。しばらく読み進むうちに、「神学的発生」という言葉が目に留まった。その意味を定義すると、とても長くなってしまうので省略するが、要するに、人間の知恵や知識では説明しきれない不思議なことがある、ということになるのだろう。

 学生の頃は、あれこれいろいろな宗教関係の人と話す機会がないままで終わった。しかし、

 「私たちの宗教を信じれば、病気もせず経済的にも困らず、長生きして苦労もせず、幸せな人生を送れる・ ・ ・」

 このような勧誘をする宗教団体は、詐欺師集団だと思っている。
 あえて断言するが、人間の人生には苦難が不可欠だと思う。苦難と向き合い、その境遇に耐えて努力するときに、初めて人間としての成長がある。その炉の中で人間性が精錬され、心の広い思いやりのある人間になっていくはずだ。
 私にとっての説得力のある表現は、

 「あなたの成長のためにイバラの道を用意しましたが、苦しくても耐えてください。私はいつもあなたを見守り、決して見捨てることはしません。私に信頼を置き、私に頼って生きてください。」

 である。このような表現をする宗教があれば、私は信頼を置くだろう。

 相変わらず悪い癖だと思うが、ここまでは前書きである。

 このところ、北朝鮮の核ミサイル問題が東アジア地域で大きな問題となっている。しかし、もしある国が超小型の核爆弾を開発・量産し、金目当てでその核爆弾を、世界中のテロリストや反政府組織、あるいは犯罪組織に大量に売却したらどうなるだろうか。所謂、スーツケース核爆弾である。おそらく彼らは、目に触れにくいその超小型の核爆弾を脅迫の材料に使い、理不尽な要求や犯罪活動を行うのではないだろうか。

 しからば、人間はどこまで苦難に耐える必要があるのだろうか。神学的な発想に立てば、たとえ命を失っても天国に救われればそれで良い、ということになるのだろう。
 では逆に、独裁者が暴虐の限りを尽くし、国を流血と恐怖で支配しようとするときに、その国の民は命を失う最後の最後まで、耐え忍ぶことを要求されるのだろうか。逆に、罪のない人々を苦しめ、あるいは命を平然と奪うような独裁者は、何の咎めも受けないのだろうか。なるほど、神学的には独裁者がこの世を去って初めて、来世で永遠の責め苦を受けるのかもしれない。しかし個人的には、多くの国民が血と涙を流して苦しむような、悪政を行う独裁者には、正義の力が働いてほしいと願っている。

 宗教関係の雑誌を少し読んだだけではあるが、今でも日本・ユダヤ同祖論という考えが根強くある。末の日のイスラエルの再集合という言葉もある。古代に、イスラエルの民が全世界に散らされ、北の国から失われたイスラエルの支族が現れる、という表現も目にする。もし、この「北の国」が、日本からごく近い国だとするならば、神学的視点から見たらどのようなことが起きるのだろうか。

 軍事的なバランス、地政学的な戦略などから、いろいろな予測をする人が多い。しかし誰一人として、神学的な展開などを述べてはいないのではないだろうか。

 自分の親族やその家族を残虐に粛清し、多くの民に飢えなどの犠牲を強いている国の国家元首は、ある日多くの人々の前で、女子どもに踏みつけられ、惨めな生涯を閉じるだろう。その遺体には野鳥が群がり、死体の肉をついばむ。
 そのとき、それまでに経験したことのないような大きな地震が起こり、山々は平坦になり、海底が隆起してあっという間に、大陸と日本の地が陸続きになる。抑圧された人々は、大陸と日本を結ぶ乾いた陸路に殺到し、祖国を後にして逃げ去る。その人々を背後から武装した軍隊が追うが、やがて逃げ惑う人々の背中が見えてきたときに、海水が丘のように隆起して、あっという間に軍隊を丸ごと海底にのみ込んでしまう。

 人間の手によらない不思議な力が、悪をくじき善良な民を救うというシーンを想像するなら、このような壮大な情景が思い浮かぶ。まるで、旧約聖書の出エジプト記のような内容だが、誰が読んでもおそらくは、荒唐無稽な作り話といわれて終わりだろう。実際にイスラエルの民は、エジプトでの奴隷生活から逃れた。しかし、エジプトを出てからも40年にわたって荒野をさまよい、飢えと渇きに苦しんだと書かれている。

 もし近い将来、本当に大地震が発生し、大陸と日本が陸続きになったとしても、私のことを預言者だなどと誤解しないでいただきたい。私はただ単なる妄想家に過ぎない。


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by hirune-neko | 2017-05-23 00:40 | 創作への道 | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在

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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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