昼寝ネコの雑記帳

少々気味の悪い情報だが、ご注意いただきたい


Isn't it a Pity - Shirley Horn


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 同居している94歳の義母は、一時期、食欲が落ちてしまい、それでなくても偏食傾向が強いため、困っていた。常食できているのは、サツマイモの煮たのと小粒のラッキョウで、他は、ある時期は食べても、やがてピタッと受け付けなくなってしまう。ある時期は、刺身を好んで食べたので、それなら栄養価も高いしいいことだと思っていた。

 今日、夕刊フジの電子版であるzakzakに画像入りで掲載された寄生虫に関する記事がある。記事のタイトルは

【10年で25倍!寄生虫「アニサキス」防御術 芸人・庄司智春も感染、吐き気に激痛…刺し身に潜む恐怖

 という、まことに不気味な内容だった。一度だけ閲覧したが、体長2〜3センチだと書かれているので、注意して調理すれば見落とさないとは思う。しかし、このアニサキスには歯があり、記事中では「胃や腸の粘膜の中へ歯を使って潜り込み」と表現されている。

 不思議なのは、もう一度記事を確認しようと思い、zakzak内を検索したのだが出てこない。読んだ直後にevernoteにクリッピングしていたので、全文を保管できている。しかし、google検索でURLを見つけることができたし、動作確認もできた。刺身を好む方は、一応の基本知識を持たれておいた方がいいのではないだろうか。一日以上冷凍するか、焼いたり煮たりすることで、この寄生虫は死滅するらしい。

【zakzakに掲載されていた記事】〜現時点では閲覧可能である
「10年で25倍!寄生虫「アニサキス」防御術 芸人・庄司智春も感染、吐き気に激痛…刺し身に潜む恐怖」

 以前、何かで読んだ記憶があるが、韓国では人糞を積載した船が、海中に投棄しているらしい。そのため、韓国から輸入する魚介類から寄生虫などが検出され、輸入禁止になった事例があったはずだ。また、記事中で書かれていたが、太平洋で獲れたものに較べると、日本海の方がずっと良好らしい。ブログ読者の方から、能登周辺で獲れた魚の刺身を宅配している店を教えていただいているので、いずれご相談して義母のために取り寄せようと思っている。

 昨日、村上春樹の研究家の方と立ち話をした。シドニー出身である私立大学で英語を教えている人物だ。先日推薦してくれた「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーラン」の英訳本のKindle本をiPadにダウンロードしていたので、翻訳者の名前を確認してもらった。その時、少し読んでみたが、文学的表現の英文は私にとってとても難しい、と言った。理解するためには、どのような勉強方法がいいのかと質問した。すると、とにかく繰り返し読むしかないとの事だった。さらに助言をしてくれた。村上春樹の作品には短編集も何冊かあるので、まずはその英訳本を読んでみてはどうか、という助言だった。

 今日の夕方過ぎ、アマゾンで調べてみた。日本語のタイトルと英語のタイトルを比較しながら探し、興味を引きそうなものを購入した。英語では「Blind Willow, Sleeping Woman」であり、オリジナルの邦題は「めくらやなぎと眠る女」となっている。まだ読んでいないので、めちゃくちゃな意見だとは思うが、もし英語のタイトルが「Blind Willow, Sleeping Woman」ではなく「Blind Willow, Sleeping Widow」という風に、WillowWidowの語尾の韻を揃えたら、なかなか詩的な表現になるのではないだろうか。直訳すれば、「めくらやなぎと眠るやもめ女」となるが、なんとなく深みとイメージが拡がるのではないだろうか。

 何度も聴いているシャーリー・ホーンの歌で、並記しているふたつの語尾の韻を揃えている歌詞がある。タイトルは、「Isn't it a Pity」(哀れなものじゃない?)で、冒頭に掲載したものである。意訳しても、「哀れな人生じゃない?」となってしまい、それだけでは味も素っ気もない。辞書を引いていないので、正確に歌詞の内容を把握してはいない。したがって、私なりの勝手な解釈だが、この歌は人生の晩年に出会った、男と女の心の触れ合いを表現している。

 長い人生で、様々な経験をし、いろいろな人との出会いがあった。人を見る目も確かになり、人生観や価値観もそれなりに確固としたものになっている。そんな人生の晩年に出会った相手に対する愛情表現なのだが、自分の年齢を考えると今更どうなるものでもない。そこで、ずっとずっと前に出会わなかったなんて、お互いに哀れな人生じゃない?と歌っているのである。

 この歌詞の中に、以下の表現がある。
Imagine all the lonely years you wasted Fishing for salmon Losing at backgammon

 このsalmonbackgammonの語尾の韻が揃えられている。ちゃんと耳を傾ければ、もっとありそうだ。

 あえて意訳するなら、「一人っきりで、マス釣りやバックギャモン(ギャンブルの一種)の賭け事に、貴重な人生を空虚に過ごしてしまう自分の姿を想像してごらんなさい」・・・とでもなるのだろうか。そんな虚しい人生を過ごすぐらいなら、私と一緒に充実した人生を生きたいと思わない?・・・というような、婉曲的な求愛の歌詞だと思う。しかしこれとても、相手に向かって直接語りかけているのではなく、2人で食事をして別れ、独りで部屋に戻ったときの虚しさを、微かな期待に絡めて歌っている・・・そんな情景だと思う。ふと鏡に映った自分の容貌。どれだけメイクをし、ウィッグを被ったとしても隠し切れない老い。今から新しい人生を始めようにも、もうすでに手遅れな年齢になってしまっている。なんて哀れな私だろう・ ・ ・これがタイトルの「Isn't it a Pity」(哀れなものじゃない?)である。・・・断定はできないものの、晩年近くのシャーリー・ホーンが歌った姿を想像すると、おそらくそのような心境だっただろうと思う。

 自分でも呆れる位、長い長い前書きになってしまった。10年ほど前に「昼寝ネコの雑記帳」の出版に尽力してくれた、美容室gigue(ジーグ)の鈴木れい子さんとカトリ〜ヌ・笠井さんは、二人とも村上春樹の愛読者である。その二人から、私のブログを読んで、作風が村上春樹に似ている、と何度も言われた。私自身はこの歳まで、村上春樹作品をただのひとつも読んでいない。いずれは短編作品を中心に、もう少し量産したいと思っている。その時に読者の方々から、村上春樹を真似ていると言われてはたまらない。したがって、少しは村上春樹作品を読んでみようと思っている次第だ。

 今日アマゾンでダウンロードしたKindle版の「Blind Willow, Sleeping Woman」に目を通してみた。前書きの1ページ目で、単語の意味がわからず調べたのが9語もあった。
 しかし徐々に内容を理解できるようになった。
 「長編を書いているときは短編を書けず、短編を書いているときは長編を書けなかった。おそらく、短編と長編頭では使う脳の領域が違うと思う。」
 と言う表現を目にした。なんとなくわかるような気がする。英語版の序文を読み返してみた。意味が把握できないと思って読んだのに、二回目だと不思議と理解できるようになっている。
 「簡潔に表現するなら、長編作品を書くことは挑戦であり、短編は楽しみである。長編作品を森に木を植えることに例えるなら、短編作品は庭に植えることである。この両者は相互に補完し合い、創作世界という私の貴重な宝を創出している」
 ・・・昼寝ネコ流の訳ではあるが、とても共感できる表現だ。村上大先生は大いに気を悪くされるとは思うが、もしかしたら私たちには似通った感性があるのかもしれない。しかし、既完成の村上春樹vs超未完成の昼寝ネコ・・・である。

 いずれにしても、ここ最近は全く時間を確保できず、短編作品を書いていない。そろそろ昼寝ネコの短編作品を読みたいと思ってくださっている、熱心なブログ読者の方が、全国に2名ほどいらっしゃるので、ご期待に添えるよう、そろそろ仕事の合間に一作書いてみたいと思っている。

 乞うご期待であるが、いつになるかは保証できないのでご了承いただきたい。



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by hirune-neko | 2017-05-16 01:27 | 創作への道 | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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