昼寝ネコの雑記帳

今日、ようやく分水嶺を越えた


Piazzolla - Chau Paris


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 去年の9月からなので、かれこれ8ヶ月近い期間、どスランプ状態が続いていた。まるで、私の進路を妨害するかのように、次々と意地悪な障害物が待ち受けていた。

 新品のiMacが、2ヶ月以上動作不良になるなんて、誰が想像できただろうか。最新のOSに合わせて、主要なアプリケーションソフトも、最新のものを購入した。すると操作環境が激変しており、基本機能はほぼ同じなのだが、どこに何があるのかさっぱり分からない状態になってしまった。

 ウェブサイトは全て自分で作っている。HTMLを理解していなくても、非常にシンプルにサイトを構築できるソフトを使用している。ところが、ある日突然、編集後に保存することができなくなってしまった。タイミング悪く、サイト制作ソフトが大幅に仕様変更され、しかも開発会社がサポート業務から撤退してしまった。まさに五里霧中状態になってしまった。やむを得ず、みるとすサイトの更新を凍結し、毎週配信していたニュースレターも休刊して、今日に至っている。

 昨年の夏、ある団体から小冊子の制作を頼まれた。全くのボランティアなのだが、ほとんどが文字原稿だと思い込んで引き受けてしまった。ところが、フタを開けてみると画像が100点以上ある。編集はクオーク・エクスプレスというDTPソフトを使用するのだが、既述のように操作環境がガラリと変わってしまい、右往左往が始まってしまった。

 小冊子とはいうものの、それなりのクオリティーが要求され、あれこれ空回りする環境だったので、編集作業に入る敷居が高くなったままずるずると日を重ねてしまった。

 遅延を厳しく責められたわけではないが、やはり遅れには責任を感じて鬱々とした日々を過ごしていた。日に日に気が重くなり、頭の中もすっきりしないし心も晴れない。そうこうするうちに、即対応の案件が連続して頻発するようになり、見落としも発生してしまった。

 かなり機能性の高いタスク管理ソフトがあるけれど、使いこなすにはまずデータ入力をしなければならない。そんな時間など全く取れない状況が続いた。手元の紙に書くのが精一杯なので、一応はメモするのだが、やがてとんでもないことになってしまった。

 相当気ぜわしく書いたらしく、自分で書いた文字が読めない。要点を書いたはずなのに、読み返したら意味が全然理解できない。誰に何を連絡すればいいのか、判読できない。最終的には、紙の山の中に紙が紛れ込んでしまい、大事な案件が雲散霧消して、すべてが記憶の彼方となってしまった。

 幸いに致命的なことには至らなかったが、改めてタスク管理の重要性と、デスク周りの整理整頓の必要性を痛感した。

 私の最近の趣味は、駅前の伊東屋かあるいは無印良品に行くことだ。店内をぶらつき、整理整頓に役立ちそうなものを見つけては購入する。A4サイズのメモパッドだって4〜5種類は購入したと思う。サイズの小さなものに至っては5種類以上購入した。あれこれ使い比べて、試行錯誤している。

 以前ブログで、自分オリジナルのタスクチェックリストを作成してご紹介した。A4サイズ20行近く書き込めるように作ったと記憶している。ところが、それだとちょっと複雑な案件だった場合、何行にもはみ出してしまう。結果的に見た目もぐちゃぐちゃになり、読み返す気も起きなくなってしまう。

 ここまで書いて、こんなくだらない愚痴話に付き合っていただき、申し訳ないという気持ちになってきた。でも、大変な状況の中で放棄せず、諦めず、撤退しない気力を持ち続けるのは、とても大切なことだと悟るに至った。これは私にとって、とても貴重な経験だ。ある意味では、人生における大切な教訓だと思う。

 おそらくは、ジャック・バウワーのがんばりを見て、自分も奮起しなくてはと思ったせいもあるだろう。アメリカのテレビドラマの24(Twenty Four)の主人公である。彼はCTU(カウンター・ テロ ・ユニット)のロサンゼルス・チーフである。本当に彼のガッツには、頭が下がる。私自身も頑張らなくっちゃ、と単純に思えるのはテレビドラマの効用である。いや本当に私は、単細胞だ。

 またまた前書きが長くなってしまった。今日は、ボランティアで作っている小冊子のかなりまで仕上げることができた。とてもいい気分だ。完全にスランプの分水嶺を越えたという実感がある。

 きつかった登り坂が、徐々に平坦に近づき、やがては緩やかな下り勾配になると思う。なったらなったで、また新しい案件を作り出してしまうだろうから、ある意味では死ぬまで忙しい人生だろうと思う。・・・もしかしたら、死んでからも、同様に忙しい人生が待っているのではないだろうか。

 そんなわけで、今日は私一人で静かにお祝いをしている。私以上に処理案件に追われれている方もいらっしゃるだろうから、ご参考までに昼寝ネコの雑記帳ならぬ「昼寝ネコのタスク管理メモ用紙」をご覧に入れたいと思う。単純な作りではあるが、なかなか実用性が高いと、自画自賛している。

 PDFファイルを印刷してこのまま使用されたい方は、メールアドレスを教えていただければ添付でお送りする。送料無料、商品代金無料の大出血サービスである。今日、分水嶺をを越えた記念に、特別提供させていただく。40キロバイトの軽量ファイルである。

 先着1,000,000名様限定で提供させていただくので、ご遠慮なくリクエストしていただきたい。

 これを使えば、あなたの人生は激変するかも・ ・ ・なんちゃって。
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by hirune-neko | 2017-04-23 02:09 | 心の中のできごと | Comments(0)
<< 私にしては長い、約12時間の外... 母の遺品 >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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