昼寝ネコの雑記帳

精神世界と政治世界の補完関係

Shirley Horn - Here's To Life (Verve Records 1992)


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 何を書こうかと思っていたら、ふと思い浮かんだのが「精神世界と政治世界の補完関係」というテーマだった。

 あたかも精神世界と政治世界に、何かの関係があるような表現に聞こえると思う。大局的な視点に立てば関係はあるだろつと思う。一般論としてだが、精神世界を大事にする人にとっては、政治の世界は無縁に感じるかもしれない。一方、次の選挙を戦う現職議員や捲土重来を期す候補者にとっては、精神世界は抽象的に思え、現実的な票固めこそが最優先課題かもしれない。

 有権者の一人としては、誰もが精神世界の充実を求められる自由で寛容な環境を求めたい。そのような国であるよう願っている。

 実は何を隠そう、ある政党の選挙対策委員から私に、次の国政選挙に推挙したいので立候補しないか、というお誘いがあった・・・という前提で何か思うところを書きたかったのだが、すでにエイプリルフールの日は過ぎてしまっているので、その手は使えない。

 過去に、国会議員の方とは、ほんの数人しかお目にかかったことがない。アメリカの上院議員とも数人だが面識がある。そんな程度なので、政治家とは・・・なんて論じる資格はない。

 国のために、社会のために、という使命感を持ち、政治の世界に飛び込む人がほとんどなのだろうと想像している。同時に、あくまでも想像の世界だが、政治家は自分に最も合わない職業のひとつだと思っている。

 尊敬できて信頼に足る政治家ならば、応援したいと思う。

 なぜ急にこんなテーマで考えるようになったのかというと、アメリカのテレビドラマを観ているせいだと思う。タイトルは「24」で、CTU(カウンター・テロ・ユニット:架空の組織)の主任である、ジャック・バウアーが主人公だ、と書くと、知る人も多いかも知れない。

 黒人の大統領候補が24時間以内に暗殺される、という情報を元に、ストーリーが展開する。とても上手に組み立てられたストーリーで、感心するだけでなく一気に引き込まれてしまっている。

 大統領と自身の家族との関係、主人公のジャック・バウアーと誘拐された妻と娘との関係、という家族の情愛を前面に出し、かなりハードな展開に異質の「家族愛」を巧妙に絡ませている。

 個人的には、Covert AffairsやNIKITAもかなりいい作品だと思っているが、この「24」は、観客を惹きつける出来映えだ。もちろん、私自身がこの手のストーリーを好むせいもあると思うが。

 改めて再認識した。私は、多くの皆さんの注目を集め、賞賛され、信頼される政治家として名を残すような資質の人間ではない。
 もちろん、自分なりの国家観は持っているつもりだ。しかし、自分自身が旗を振って先頭に立つのではなく、政治に無関心な人々や、印象操作、世論誘導の影響を強く受けている人たちに対し、より的確な判断をしていただけるよう、地道に働きかけをしたいという使命感を持ってしまっている。

 インターネットを辿ると、無数といっていいほどたくさんの政治ブログがある。皆さんそれぞれは、目的意識を持って情報を精査し、正しいと思う意見を述べている。とても貴重な善意の行動だと思っていえるし、敬服もしている。

 私の意識が政治ブログ化することを避けているのは、それほど専門的な知識を持ち合わせていないからだという理由も大きい。しかし、それ以上に興味と関心を持っているのが、内面や感性に関わる精神領域だというのが主たる理由だ。

 感動、平安、安心、信頼、充足、希望、慈愛など挙げ出せばきりがないが、人間にとって最も大切な要素だという確信を強く持っている。どれも形を持たず、目に見えることもなく、唯一、心で感じることしかできない要素だ。

 全ての人間に共通の要素がある。誰でも、1年に1歳ずつ歳が増えていく。個人差はあるものの、少しずつ視力や聴力が衰え、筋力や体力が減衰し、記憶力や思考力も衰えていく。そしていつかは、誰でもが最期のときを迎える。反論できる人がいるだろうか。

 いつか火葬場に運ばれ、棺の中に巨額の残高の預金通帳や株券、高価な貴金属を入れてもらったとしても、次の世界に持って行くことはできない。それに異論はあるだろうか。

 人生で最も大切なものは何か・・・もちろん個人差はあるに違いない。心の中や記憶の中にこそ、人間にとって最も大切なものが残されるのではないだろうか。・・・それが私の人生観であり、価値観である。

 今のところ、私はまだかろうじて普通に生きている。これからの人生で、弱り果てている人、傷ついている人、重荷を背負い込んでいる人、誰かを憎み、恨むことで心に平安が宿らない人、苦難の道を歩んでいる人・・・勿論、私自身もそのような時期を経験するかもしれないが、そんな自分自身を含め、他の人たちをも受け容れ、理解できるよう努め、自分に可能な手段で励まし、お互いに人生で最も大切なものがなんであるかに気づき、それらを大切にしていければ嬉しく思う。

 ますます生きにくい、陰謀に満ち溢れる時代になっていくだろうけれど、果てしない砂漠を行軍する旅人には、新鮮な湧き水を湛えたオアシスが必要なように、雑音と謀略に満ちた人生を歩む現代人には、重い心を解放できるような現実を超越した、空間が必要だと思っている。

 私自身も、そのような空間を必要としていると思っている。政治的な闘いも厭わないが、別次元に存在するであろう世界を見いだしたいと希求している。


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by hirune-neko | 2017-04-11 01:39 | 心の中のできごと | Comments(7)
Commented by konron at 2017-04-11 14:41 x
精神世界への希求。見えない世界の確信でしょうか。とても共感できます。補足ではありませんがある神官の戦中の文章です。見えない世界と現実世界との関連をのべられたものです。
「宇宙は一大生物である。それを小がたにしたのが人間である。人間に神経があると同様に宇宙にも神経がある。神経には三種あって、第一は運動神経、第二は知覚神経で、これは問題でないが、神秘千万なのは第三の自律神経(植物神経とも交感神経ともいふ)であって、これは人間の意志の力で左右出来ず、しかも此が五臓六腑其他一切の身体の機能を支配して居るといっていいほどである。普通の意味の思想運動といふ程度のものは運動神経、知覚神経に或る働きを与える程度のものである。かんじんな自律神経を動かすのは思想運動の底にあるべき霊的運動の有効適正な方法によらなければならぬ。自他の間の心のうるほひといふものも、或る線を超えて深いところになると理論の及ばぬところで、普通の方法で自律神経をどうすることも出来ぬのと同じやうな体裁のものである。神国日本の顕現といっても、普通の理論から組み立てた方法だけでは真の力が出てこないのである。このことを私共は二十余年前来いろいろの角度から語り、又た若干の実行に努力しつつある次第である。宇宙を動かすといふと少し聞き苦しいかと思ふが、言葉の輪郭を小さくして世界を動かす真の力について、一般世人は果たしてしっかりした信念があるか。世界新秩序の建設といっても決してなまやさしいことでなく、それには我々の信ずるところも少なくとも一つの要素として深く考へられなければならぬ重大な問題である。世間の多くの宗教的な団体とか思想団体といふものは要するに世界の運動神経、知覚神経を対象として活動して居られるものである。それもむろん必要なことであり大切なことである。けれどもわれわれは主として世界の自律神経を対象として努力して居るものである。むろん此の神経学説は便宜上の仮託に過ぎぬけれど、私の言はんとするところは必ず理会していただけるものと信じたい。」
「砂漠を行軍する旅人」という言葉に、イランイラク戦争時にテヘラン郊外のデマーヴァンド山で出会ったイラン人大学教授から告げられた言葉と重なって感傷が戻ってしまいました。山中でゾロアスター教とモスリムのスーフィー修行者の講義を受けました。
Commented by hirune-neko at 2017-04-11 15:31
konronさん

 お読みくださり、またコメントをありがとうございました。

 とても示唆に富んだ考え方を教えていただき、お礼申し上げます。目に見えない世界の事ですから、捉える人によっては感じ方も違うでしょうし、また表現する言葉も異なってくると思います。しかし、いろいろな人たちの真摯な追求によって、核心部分に絞り込まれていくのではないかと思っています。

 普通の日本人にはできない、いろいろ特異な体験をされていらっしゃいますので、今後もご自分のお考えや情報の発信を広くして下さるよう、よろしくお願いします。

 有り難うございました。
Commented by konron at 2017-04-12 22:14 x
すぐにお返事いただけてびっくりしました。コメントが尻切れでした。
イラン人教授の講義の最後に「学びは終りのない砂漠をゆく旅人(サーリク)のようなもので、スーフィー(イスラム神秘家)ではサーリクとは自分自身を発見した者のことで、自分自身を知ることではじめて必要なときにフラワシ(知恵の女神・ギリシャのダイモン)を利用することができる。自分自身を知らねば、果てのない知識の大砂漠の中で目標を失い徘徊し続けることになってしまう。眼を凝らせば足下の砂粒の一粒一粒がとても魅力的で興味をそそるものを持っていることに気づかされるからね」と話されたことを「砂漠を行軍する旅人」という言葉に感じて思い出したということでした。ちなみに、テヘランではイラク軍の空襲に遭遇しました。
Commented by hirune-neko at 2017-04-13 01:16
konronさん

 いつも貴重なご意見や資料を有難うございの言葉ます。

 イラン人教授の講義の最後の言葉を教えてくださり、有難うございました。とても共感できる表現です。

 私自身は、キリスト教以外の基本知識がありませんので、イスラム神秘家と聞いても、イメージが湧きません何か、推薦してくださる本があれば教えてください。どのような世界なのか興味があります。

 昔、中東専門の大学の先生が脳出血で倒れ、その先生の論文の推敲を頼まれたことがあります。マホメッドが、アッラーの神とキリスト教の神は、もしかしたら同一かもしれないと述べた、という部分が印象的でした。

 日に日に東アジア情勢は緊張が高まっていますので、安全・平穏・安寧にお過ごしください。
Commented by hirune-neko at 2017-04-13 01:18
konronさん

 追記です。イラク軍の空襲に遭遇されたんですか?無事に生還されて良かったですね。まだまだ現世での務めがおありになるということとですよ。
Commented by konron at 2017-04-13 08:45 x
昼寝ネコさんに本の紹介など恐れ多いことです。ただ、モスリムは『旧約』を用いますので同じ神が登場することは問題ないでしょう。

井筒俊彦氏の本は基本文献ではないでしょうか。愛弟子の五十嵐氏は『悪魔の歌』を翻訳したという理由でホメイニに殺人指示されたイラン人に筑波大学構内で弑殺されてしまいました。良い人もいるということですがこの事実はモスリムの一端を見せつけました。イランでも恐ろしいことに何度も遭遇しました。一度は機関銃を突きつけられてもうダメかと覚悟しました。勿論良い人もいました。

山奥に住んでいますので少しの備蓄はあります。
人間世界での私の役目は平成25年に済ませたというつもりになっていました。
Commented by hirune-neko at 2017-04-14 00:27
konronさん

 早速ご紹介くださりありがとうございました。アマゾンで調べましたら、
「悪魔の詩 上1990/2
サルマン・ラシュディ、 五十嵐 一」
という単行本が見つかりました。このことをおっしゃっているのでしょうか。暗殺事件は、かすかに記憶にあるだけですが実際にあったんですね。驚きです

 宗教間の対立というのは昔からあります、できれば融和してもらいたいと思います。私自身は、宗教皇帝論者です。ただ、あまりにも自分の宗派の正当性を主張し、他宗派を非難・中傷する傾向は好ましいと思っていません。

 最近、なかなか読書する時間が取れなくています。できるだけ電子書籍で購入して、読むようにしたいと思います。またいろいろ教えてくださいますよう、よろしくお願いします。

 有り難うございました。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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