昼寝ネコの雑記帳

なんとか第一四半期最後の日を迎える


Astor Piazzolla - L'amour


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 ずっと長い間、取引先への請求書と印税計算書を自分で作っていた。数字を間違ってはいけないので、かなり緊張した時間を過ごした。去年からだろうか、小さなお子さんを2人抱えたお母さんに、在宅での手伝いをお願いし少しずつ業務内容を増やしている。

  もう1人はまだ若い男性だが、同じ絵本を二重に作ってはいけないので、毎週重複チェックをしてもらっている。これもずっと私が処理していた案件だ。

 おかげで、事務作業負担は少しずつ軽減されている。

 もうここには記載しないと決めていたのだが・・・ある福祉団体向けの情報調査機関のことだ。どうやら、福祉団体に所属する人たちを全国から選び、調査を依頼することになりそうだ。顔を合わせることもなく、基本的にはメールと 電話のやりとりになるだろう。

 それでなくとも、単なる公開事項の検索より一歩踏み込んで、相手の背景を調べ洞察する作業になる。これまで全くそのような意識や認識がなかった人たちを、どのように組織化し訓練すれば良いのか、どうしても糸口が見出せない。そこで思い余って、長男にメールを送ることにした。

 長男はかなり多忙であり、ハードなスケジュールをこなしている事は承知している。しかし、所属が人事部であり人事管理に関しては、それなりのスキルを磨いているようなので、申し訳ないと思ったが相談のメールを送った。

 娘とは違い、息子たちはある意味で信頼できる友人のようなところがある。では娘は何かというと、友人というよりはやはり可愛いさが先に立ってしまう。

 年齢的にはもう既に引退してもおかしくない。それなのに、肉体機能の低下に逆らうように、まだまだある種の野心を抱いている。私の場合の野心は、私心のない使命感のようなものである。

 長男から返信があり、私の構想はボランティアで出来るような内容ではなく、教育と訓練を受けた専従スタッフが必要だ、と意見が述べられていた。しかし、私の息子だけあって私の心情をよく理解し、使命感でやっているのだろうと思う、と言ってくれた。

 小さかった子供たちが、それぞれ苦難を乗り越え、あるいは苦難の最中であっても積極的に道を切り拓いている。そのような姿を見られる事は、親としてはとても嬉しいことだ。既に私にはもう、子供たちに教えてやれる事は何も無い。逆に教わる一方になりつつある。 いや、もし教えられることがあるとすれば、それは私自身が自分の人生で得た、いくつかの教訓位のものだろう。

 こうして毎日、ブログにその日その日の雑感を書き記している。考えてみれば、子供たち、あるいは孫たちに伝えたいと思っていることなのかもしれない。という事は、ある意味では遺言のようなものだ。しかも、どなたにも共有していただける内容だ。大上段に意識してはいないが、せっかくお越しくださる面識のないブログ読者のみなさんにとっても、一方的に遺言をお伝えしているようなものだ。

 ところで、「ねずさんのひとりごと」という名のブログをご存知だと思う。以前から、とても豊かな知識を持つブログ主の方だと思っている。文章が長いのでなかなか読む機会は無いのだが、今日は見出しに惹かれて全文を読ませていただいた。最後のほうにYouTubeの動画で「サンド・アート」あるいは「サンド・アニメーション」が」紹介されていた。記事もさることながら、初めて目にした芸術作品である。記事の内容も大変興味深く、ソ連からロシアに至る歴史的な変遷の解説と同時に、穀倉地帯といわれるウクライナで発生した大量の餓死者について、その背景を説明している。お時間がおありになる方は、記事をお読みになることをお勧めする。下部にそのYouTubeの動画を紹介させていただく。数多くのブログ主の方がいらっしゃるけれど、ねずさんという方はとてもアカデミックな素養のある方だと敬服している。

以下は【ねずさんのひとりごと】より一部抜粋
「ウクライナのお話」

 ウクライナは飢饉のときの2年間で、1千万人の国民と家畜たちが死んでいきました。さらに第二次大戦で、民族の4分の1にあたる700万人の兵士が死亡しました。大戦後もソ連の内政によって400万人から1000万人が殺されています。
 セーニャさんのサンド・アートは、その悲しみを描いた作品です。
このアートには、芸術祭の審査員全員が涙したといいます。
 みなさまも、お時間があれば、是非、冒頭のサンド・アートの動画をご覧いただきたいと思います。およそ8分ほどの動画です。

Kseniya Simonova - Sand Animation (Україна має талант / Ukraine's Got Talent)


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by hirune-neko | 2017-03-31 00:44 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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