昼寝ネコの雑記帳

再認識・再確認〜自分らしい手法、進むべき方向

Every Time We Say Goodbye - Diana Krall - (Live in Rio) HD


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 半蔵門線の永田町駅で降りて、目指す1番出口に行くには、有楽町線のホームを端から端まで歩かなければならなかった。でも、今日ばかりは地上まで、ちゃんとエスカレーターがあったので楽勝だった。

 地上出口に近づくにつれ、何やら拡声器で絶叫している女性の声が聞こえてきた。450人が集まってくれた、稲田大臣はやめろ、その他政府を批判するアジ演説が響いていた。今どきの時代でも、このような人たちが存在するのだと思うと、空気に反するが、ほほえましく思った。

 議員会館に入るのは、かなり久しぶりだった。昔、らでぃっしゅぼーやの創業者が、何党だったか忘れたが、国会議員になったから、議員会館まで遊びにきなよ、という電話をくれたので行ったことがある。その頃から遡る数年前に、彼と奥さん2人を案内して一緒にアメリカを回ったことがある。今はどこでどうしているのだろうか。会社も既に売却し、風の便りではモンゴルにいると聞いたこともある。

 今日は、ある大臣の第一秘書の方との面談だった。昨日作り終えた企画書や、被災者のためのプロジェクトを取材してもらった新聞記事のコピーを、十数種類持って行って説明した。
 省庁としての後援あるいは協賛の可能性に言及してくれた。初対面にもかかわらず、親切丁寧に、また好意的に考えてくださり、とてもありがたく思った。

 お話しをしながら、改めて自分の体質というものについて再認識した気持ちだった。人を頼って、何とかそのツテで仕事をまとめようという考えは、昔からなかった。あくまでも自分の理念や哲学を正攻法でぶつけ、そこで大いなる共鳴や共感が生まれなければ、それはそれで塩漬けにしようという考えだった。秘書の方が大臣と相談し、上場企業を何社も紹介してくれたり、あるいは財団法人につないでくれる可能性はあるかもしれない。

 その手法にすがって、何としても実現したいと考える人も存在するだろう。しかし、私は少し偏屈かもしれないが、しがらみの力で何かを構築することのリアクションをあまり好まない。つまり、お世話になった人たちから逆に何か依頼された場合、断りにくい人間関係になってしまうからだ。よく言えば独立自尊、悪く言えば偏屈なのだと思う。

 たとえ規模が小さくとも、少ない数であったとしても、純粋に私の理念や哲学に共鳴し一緒に重荷を背負ってくれる人を、一番大事にしたいと思う。それが、自分の体質に最も合ったやり方だと思っている。

 最近は、外出する時リュックサックの中に、MacBook Pro、iPad、充電用バッテリーのハイパージュースなど、どこでどういう事態になっても通信環境を維持するために必要な機材を入れて持ち歩いている。かなりの重量になる。

 これまでの長い人生では、一つ一つ消去法で消す作業をしてきたように思う。生き残っている考え方や手法は限られている。限られているが故に、情熱を傾けることができる。最終目的は、莫大な売り上げでもなく、名誉でもなく、ただひたすら自分の使命感を追い求め、達成感を味わうことだ。だから、マネートラップもハニートラップも効果がなく、ただ純粋に理想や夢や使命感に殉ずるという気持ちが、原動力になっている。

 そんな融通のきかない、偏屈な自分自身を私はある意味で誇りに思っている。多少の無理をしてでも、一定の環境を作るまでは踏ん張りたいと思う。それ以降は、好きなようにさせてもらいたい。

 逗子か葉山の高台で、水平線の見える部屋をアトリエにし、短編作品の構想を練りたい。健康と体力と予算が許せば、気ままに取材旅行に出かけたい。

 南米か北欧か、東欧か、あるいはシベリア経由のモスクワかもしれない。旅先で、脳内に登場人物が思い浮かぶのをじっと待ち、対話しながら作品を作りたいと思っている。それが自分の人生の最後のステージだと楽しみにしている。それを張り合いに、無理を重ねているようなものだ。しかし、短兵急に即効性を求めず、あくまでも自分の手法でじっくりと取り組んでいきたいと思う。・・・自分に残された時間がどれぐらいあるのかわからないので、そんなに呑気に進めることはできないのかもしれない。

 今日は、人と会い対話しながらも、自分自身を客観的に見つめる良い機会になったと思う。



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by hirune-neko | 2017-02-21 21:37 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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