昼寝ネコの雑記帳

表面的には神聖さを失ったかのように見える現代社会


A. Piazzolla 'Oblivion' - Wurttembergisches Kammerorchester Heilbronn



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 日々忙しく、時間に追われる現代人。即効性のある選択を迫られる現代人。目に見える成果を求めがちな現代人。喧騒に囲まれ、感情的な議論に囲まれる現代人。情報が洪水のように押し寄せ、判断に戸惑う現代人。表面的な平和がいつまで続くのか、不安を感じる現代人。

 現代社会のどこをどう探せば、静謐で内省的で神聖な時間や空間が見つかるのだろうか。かろうじて音楽や創作作品の中に、そのような世界を見いだすことができるかもしれない。あるいは、純粋に真善美を求める宗教の世界にしか、神聖さは残っていないのだろうか。

 笑われ、馬鹿にされるかもしれないが、今の時代には人の心の中に神聖さを求める空間が必要だと思う。神聖さの定義は人によって異なるだろうと思う。しかし、どう考えても神聖さを持ち合わせている人は、ある面で世俗から離れ、物欲から隔てられ、人に対する思いやりと慈愛に満ちているのではないかと思う。

 少しでも国際政治情勢に関心のある人の目には、東アジア情勢はかなり緊迫しているように見えるだろう。実際に緊迫していると思う。いつどこで、何が起きるか予測がつかない不安定な状況なのではないだろうか。そのような時に、人間の内面に神聖さを求めるなど、非現実的な発想だと思われるかもしれない。

 これまでの個人的な経験から、心の状態によっては、言葉を超えた印象やイメージなど、感覚的にしか捉えられないメッセージを感じることがある。もしそれがなければ、周りの人の意見や報道情報などによって振り回され、結果的に不本意な選択をしてしまう可能性が高まると思う。いわゆる、直感的な判断力や洞察力というのは、いざというときの正しい選択を助ける力があると思う。

 私は、紀元前1,000年頃に古代イスラエルで生まれた、と公言している。もちろんその約3,000年の記憶が、鮮明に残っているという意味ではない。時代の変遷によって廃れるもの、滅びるもの、虚しくなるものをたくさん見てきたような印象がある。

 したがって、時間の経過によっても、失われないものは何かをずっと考えてきた。その結果行き着いたのは、心の領域に残る不滅のもの、極論すれば平安であり神聖さである。これはもちろん私の人生観であり、価値観なので他の人たちに強要することができない。しかし、ある種の私の偽らざる遺言のようなものである。

 もし敵が存在すれば、冷徹にそして果敢に闘う必要があるのは当然である。一方で、個の人間としての存在をより良質に維持するためには、やはり心の中に物欲・金銭欲・名誉欲等と無縁の平安で神聖な世界を持つことだと思う。

 そのような感性や感覚を共有できる人たちが、周りにいてくれるなら、これほど居心地の良い場所は無い。類は友を呼ぶというので、気長にそのような人たちが集まってくれるのを待とうと思っている。

 そんな時間的な余裕がまだあるかどうかはわからないが、さりとて闇雲に動いてもそう簡単にできる環境ではないと思う。時間経過とともに状況が変化することを期待している。


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by hirune-neko | 2017-02-13 01:09 | 心の中のできごと | Comments(0)
<< 久しぶりに集中力と思考力が回復... 珍しく、病的なぐらい頭の芯が疲... >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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