昼寝ネコの雑記帳

対立や抗争の渦中で、心を占めるのは憎悪だけとは限らない

A Time For Love - Shirley Horn

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

 1970年前後は、いわゆる安保闘争時代といわれ、学生運動のピークでもあった。多くの学生たちは、反米あるいは反帝国主義というスローガンのもとに、至る所でデモを繰り広げた。
 今でもまだ刊行されているようだが、前衛という雑誌は当時の学生にとって、最先端の新しい思想の代名詞でありバイブルのようなものでもあった。いうまでもなく、共産党の機関誌と位置づけられている雑誌だ。

 左翼的な思想こそが新しい流行であるかのように、多くの学生たちは皆、競ってその流行に染まって行った。

 当時の私は、練馬区にあった学生寮に住んでいた。時々近所のスナックに行って時間を過ごした。
 ある日、カウンターに座る私の横に髪の長い男性が座った。どのような脈絡で私が自分の意見をいうようになったのか、今では記憶にない。しかしあの当時、私はドイツの社会心理学者であるエーリッヒ・フロムの著作「愛するということ」を読んでいた。政治闘争の領域からは距離を置き、なぜかそのような傾向の書籍に興味を持っていた。

 私の話を聞くと隣の男性は、少し馬鹿にした表情で私に質問した。

 「で?愛するって結局どういう意味なの?」
 「相手を理解し、受け入れ、大事に考えることだ、と書いてある」

 彼はカウンター越しに、経営者である女性に向かって、この人は頭のいい人だ、ひと言で本の内容を要約した、といった。おそらくはお世辞などではなく、本心でそういってくれたのではないかと感じ、悪い気はしなかった。
 後にその女性経営者から聞いたところによると、彼は学生運動の最先端にいて、いわゆるゲバルト闘争を行っていたそうだ。

 一連のやりとりを黙って聞いていたその女性経営者は、これから案内したい所があるから一緒に行きましょう、と私を誘った。怖いもの知らずの私は、彼女の後をついて行った。
 やがて一軒の民家の前に着くと、私を中に招き入れた。そこにはすでに数十人の人たちが座っていた。最初は、一体何の集まりなのだろうと思ったが、それは創価学会の会員の皆さんの座談会だった。見慣れた顔のおじさんがいた。いつも八百屋さんの前を通ると、笑顔で挨拶してくれたおじさんだった。その日以降、顔を合わせるとそれまで以上の笑顔で挨拶してくれるようになった。

 あれから40数年の歳月が流れた。高校の同級生が創価学会の会員だったり、下の子供2人が通っていた小学校のPTA会長も、創価学会の人であり、私は彼の副会長として一緒に働いた時期がある。しかし、私自身が創価学会の会員になる機会はなく、今日に至っている。皆さんとのお付き合いはまだ続いている。

 近年のインターネットの発達と普及により、個人の情報収集密度は飛躍的に濃くなっている。現にここ1〜2年の間に、官邸メールや集団通報、あるいは外患罪告発などのように、一般市民が啓蒙されて多くの方が政治的関心を持ち、行動に移すようになっている。

 その結果、個人対個人、団体団体、国家国家の緊張が高まってきている。どのような主張しても、意見をいっても、その自由は憲法で保証されている。しかし、何か不都合なことをいわれると、差別でありへイトであり、人権侵害だとの主張で、それらを封じる法律を制定する動きがある。

 そうかと思うと、事実かどうかは別として、過去の歴史的出来事をいつまでも執拗に指摘し、非難する国もある。私みたいな人間は、何をいわれても「ネコの耳に念仏」みたいなものだが、海外の日本人学校に学ぶ子供たちが、不当な扱いを受けたり生命の危険を感じるような状況も発生しているようなので、看過できない状況だ。
 一体、いつまで相手を非難し恨めば事態が収拾するのだろうか。実際に、国家元首自身が被害者の立場は千年経っても変わらない、と公言するぐらいなので、このままでは永遠に平行線のまま推移するのではないのかとすら思われる。

 ことほど左様に、今の時代は至る所に対立構造が存在している。憎悪や恨み、非難や中傷、時として暴力に訴えることもある。 常軌を逸した行動に出ることもある。さらには、自然法には明らかに反するような、愛国無罪などという判例も出ているようだ。これではいつまでたっても修復する可能性は低いのではないだろうか。いや逆に、互いの国民の憎悪や反感がエスカレートし、いずれは国交断絶、さらには国家間の全面戦争に至るかもしれない。

 そうならないように最善を尽くすのが外交であり、また国際政治なのではないだろうか。もちろん国家の諜報活動の充実もそれに含まれるだろう。
 私は一人の日本人として、この喧騒の時代に生きながら、奇妙なことだが、かつての学生時代の時のように、ある種の冷めた感覚に包まれている。

 エーリッヒ・フロムのような社会心理学者だけではなく、いろいろな宗教家の教えにも耳を傾ける価値があると考えている。 つまり、国家安全保障の見地からは、冷徹に国家転覆や国家侵略の危険性を洞察し、忌避し、闘うことが重要だ。
 しかし、人間同士としての人類愛、ヒューマニズムというものも忘れてはいけないと思う。かつての武士、そして日本の軍人たちが示した敵に対する慈愛というものを、忘れてはいけないと思う。
 お互いに刀を持って向き合えば、どちらかが死ぬことになる。そのような緊迫した状況の中で、無駄な殺生をしないよう礼儀正しく、また理性と自制心を失わないように訓練したのが、日本古来の武士であり、また軍人だったのではないだろうか。

 日本人の心の中には、そのようなDNAが受け継がれているように思う。最近読んだキリスト教の宗教家の言葉の一部を以下にご紹介する。
 これだけ 緊張が高まっている東アジア情勢にあって、何を甘っちょろいことをいうかと非難されるかもしれないが、私はどのような時でも、たとえ敵対する相手に対してであっても、このような気持ちを失いたくないと考えている。

 「愛はまさに福音の真髄であり、人間の魂の最も気高い 、苦 、悩会、す。 、ほみ、と、のある言葉、褒め言葉を通して示すことます。り、ことであり、私心のないことです。」(Thomas S. Monson



いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2017-02-07 00:42 | 心の中のできごと | Comments(0)
<< 匿名希望1さんからの国内外懸念... やはり、かなり内部事情に精通し... >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
暇工作さん コメ..
by hirune-neko at 23:53
多分誰かが書き込むだろう..
by 暇工作 at 10:23
> 豆腐おかかさん ..
by hirune-neko at 01:16
かつさん ありがと..
by hirune-neko at 16:14
岡崎トミ子は死んでますよ..
by かつ at 09:09
記事ランキング
以前の記事
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ