昼寝ネコの雑記帳

海面の波浪の影響が及ばない、海底の静寂さ


Astor Piazzolla-Milonga del Ángel

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

もし自分の視野に、自分だけしか入らなかったとしたら、
おそらくだが、ためらうことなく外界と遮断した空間で、
静かに生きる道を選ぶだろうと思う。

電気は自家発電で、燃料はプロパンガスで、飲料水は井戸水で
などという、絶海の孤島に住みたいという意味ではない。
たとえ東京の都心に住んでいて、
雑踏の喧噪に囲まれていたとしても、
先鋭な論争を目の当たりにしたとしても、
それらとは距離を置いて、静かに暮らしているだろう。

痛点がなければ痛みを感じないように、
中枢感覚のどこかが麻痺してしまったのだろうか。
ときどき周りの事象が現実感を失い、あたかも
ドキュメンタリー映像のように感じて、我に返ることがある。

70年前後の学生運動が盛んだった時代にも、
同じように周りの喧噪を醒めた目で見て、距離を置いた。

今は、当時と比べて遙かに喧噪の度合いが増している。
論争のテーマも多岐にわたり、すべてを的確に把握することは
困難になっている。
できれば、そっと静かにさせてほしいと思う。

しかし、ここ約半世紀の間に、すべてが飽和状態になって
しまっている感がある。
静寂そのものだった海底で、大きな地割れが起こり、
濁流に呑み込まれてしまうような危機感を感じる。

世界中には、虚構の上に虚構を積み重ね、崩落寸前の
構築物であふれているような危うさがある。
何もせず放置していると、あっという間に国が秩序を失い、
世俗と距離を置いた平穏な身が、一夜明けたら
奴隷の境遇になってしまっているかもしれない。

奴隷を経験した人でなければ、奴隷の身の悲惨さを知らない。
自由を束縛され、目の前で大切な人を虐殺された
経験のある人でなければ、冷酷な現実が見えない。

住む家があり、一定の貯蓄と収入があった人が、
着の身着のままで路上に放逐され、野良犬のように
人目を避けて逃げまどう、惨めな境遇になってしまう。
飢えと渇きに耐えかねて、寒さに苦しみ、
死んだ方が楽だと思えるような、過酷な状況を
経験した人でなければ、
危機感を現実的に捉えられないだろう。

私が3,000年を生きてきたと公言するのには、
現実的な根拠があるわけではない。
かといって、全く根拠がないわけでもない。
強いていえば、古代からの非現実の世界・架空の世界を
見てきたという、ある種の疑似体験が根底にあるからだ。

空虚さを舐め尽くし、肉体を持つ人間としての存在感も
徐々に風化し、希薄になってきているように感じる。

70年頃の自分と現在の自分の、大きな違いについて考えてみた。
結婚して家庭を持ち、子どもたちの成長する姿を見てきた。
現実社会で格闘し、前向きに生きている子どもたちの姿を見ている。
無邪気な孫たちの表情が、いつも思い起こされる。
私を慕って声をかけてくる小さな孫たちの存在は、
決して疑似体験ではなく、現実の世界だ。

今では、毎年約5,000人の新生児のために、名前の入った
絵本を製作し、届けている。
親の愛情と希望を込めた新しい名前を、いつも目にしている。
アルバムページ用の画像が送られてくる。
見ず知らずの、一面識もない皆さんではあるが
決して創作の世界のモチーフなのではなく、
現実世界に存在する人たちだ。

もし、政府の怠慢で他国勢力の侵入や支配を許し、
日本が他国に実効支配され、さらには属国になって
国家としての統治権を奪われるようなことになったら・・・
文字通り、なんの権利も認められず、敵視され虐待の対象として
「現代の奴隷」になってしまうのは目に見えている。

もし自分の視野に、自分だけしか入らなかったとしたら、
現実を冷ややかに見つめながら、自己防衛の最低努力はするだろう。
いや、今の私はそうではない。

自分の血を受け継ぐ子や孫たちの存在もさることながら、
これまでに接点のあった、約42,000家族の皆さんのことが
脳裏から離れない。
彼らはすでに、自分から距離を置いて放置できる存在では
なくなってしまっている。

笑われるかもしれないが、不思議なことにある種の
使命感が生まれ、それを無視できなくなっている。
絵本を届けた相手だけに限定しているという意味ではなく、
誰であっても理不尽な境遇に落とされて、
子どもを抱えながら、悲惨な思いを味わうことのないよう、
もちろん命の燃え尽きそうな、独居老人の皆さんまでを
視野に入れ続けようとしている自分の変化に、驚いている。

約半世紀前の、まるでムルソーのように無感覚だった私が、
一面識もない他者の存在までを視野に入れ、
目に見えない敵の動向を透視して、警告を発しようとしている。

そして、そんな自分自身を客観的に見ている自分が存在する。
ここまで来れば、もう理屈ではない。
心に感じる促しのままに、暗闇の遠い先に仄かに見える
青白き灯に向かって、ときにはよろけながら歩みを進めている。

強者や権力者に阿(おもね)らず、金銭欲や名誉欲を超越し、
最後まで、もう一人の自分から敬意を表してもらえるよう、
自己との対話を継続していきたい。
それと、神聖で静謐な天啓のささやきと促しを、
何よりも大切にしたいと思っている。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

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by hirune-neko | 2017-01-07 23:31 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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