昼寝ネコの雑記帳

四世代にわたる人々の表情と時の流れ


Shirley Horn - Here's To Life (Verve Records 1992)

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私の母は今年、91歳で他界した。
同居中の義母は現在93歳で、昨秋転んで骨折し、
数ヶ月寝たきりの生活だった。
いろいろ調べ、思い切って手術を受けることにした。
手術は成功で、椅子に座ることができるようになり、
危なっかしくはあるものの、数歩は自力で歩けるまで快復した。
椅子に座っているときは、黙々と「花の塗り絵」に
取り組んでいる。

義母は、あとどれぐらい生きられるか、予測がつかない。
お正月を東京近郊のお嫁さんの実家で過ごすため、
一番遠くに住んでいる三男家族が、帰ってくることになった。
そこで子どもたち全員に招集をかけ、家族連れで集まってもらった。
次男夫婦が最も近くに住んでいるので、ホストを引き受けてもらい
義母の娘である家内と私、孫である私たちの長男、次男、三男、
一番下の娘、そして都合のついたそれぞれの伴侶、
さらにはひ孫に当たる、その子どもたちが集まってくれた。

私は義母の隣に座って声をかけた。
「こうして四世代のみんなが揃ってみると、自分の人生の
足跡を目の当たりに見ることができて、幸せだね」
義母はかなり難聴気味だが、嬉しそうに頷いた。

人にはそれぞれ、いろいろな人生がある。
今年の8月に出産し、産婦人科から子どもの名入り絵本を
プレゼントされたお母さんから連絡があった。
離婚したので、父親の名前と文中の、お父さんという
言葉を削って欲しいという。
ご両親版から、シングルマザー版の文章に変更することになり
同じ絵本番号で再製作することになった。

予測しなかったことが起きるのも、人生である。
普段の自分なら決して選択しないようなことでも、
不安や迷い、怖れ、孤独感などそのときの心理状態で
思わぬ過ちを犯すこともありえる。

改めて振り返ってみると、脇道にそれ始めた高校生の頃から、
私の魂は、根を下ろせる場所を探して、徘徊していたように思う。
世間の常識に背を向け、大人の助言と勧告を無視し、
道徳規範に束縛されるのを嫌い、とにかく放浪者だった。

40歳を筆頭に、30歳ちょっとの子どもたち・・・
彼らの年齢は毎年変わるため、ちゃんと把握ができていない。
これからまだまだ過酷な人生を、生きていく。
そんな彼らの表情を見ながら、父親として何か感じることがあった。

帰宅して、全員にメールを送った。
「ちょっとひとこと」というタイトルだったが、
ずいぶん長いメールになってしまった。
ほんの一部を紹介すると、

「これからの人生も、健康、安全、心の平安に恵まれ、
経済的な問題も抱えず、大きな落胆や失望を味わうことなく、
また、大きな過ちを犯さずに、平穏な人生を
歩んでいって欲しいと思います。
ただ、もし仮に予期しないことが起きて、心を痛めることが
あったとしても、あるいは何か間違ったことをしてしまっても、
親というのはいつまでも親であり、子どもと一緒に
苦難を一緒に背負いたいと考えているものだ、ということを
決して忘れないでください。」

普段から、子どもたちの誕生日には短いメッセージと一緒に
YouTubeから、音楽を選んでプレゼントしている。
今日のメールには、迷わずシャーリー・ホーンの歌、
「Here’s to Life」のURLを掲載し、過日このブログに掲載した
大胆な意訳文章を添えた。

改めて実感しているのは、人が苦難を背負い、過ちを犯して
後悔し、絶望感を感じ、不安感に孤立し、自信を喪失するのは
すべて、いつか自分が立ち直ったときに、身近で同じような
苦しみを味わい、孤立している人たちの心情を理解して、
助けの手を差し伸べるためなのだということだ。

三男は医学生であり、今年の春だったと思うが、
ある左翼政党系の病院で実習させていただいた。
そのときの指導担当の医師を非常に尊敬するようになり、
相手も、その病院への就職を勧めてくれたがどう思うかと、
相談の連絡があった。
本人はすっかりその気になっていたようだ。

人間的に、尊敬できる人格、理念、技術を持つ医師を
尊敬することはよく理解できる。
しかし、政治的な背景がある医療機関の場合、職員に対する
政治活動への協力要請が必ずつきまとう、と意見を述べた。
三男は、その傾向はあるようだ、と同意した。
その左翼政党がどのような政治的な方向性を持っているか、
私なりの意見を伝えた。

その際、どの部分だったか忘れたが、余命三年時事日記の
いくつかの記事を読むように勧めた。
三男は私と較べ、とても頭脳明晰なので、あっという間に
余命ブログからエッセンスを学び、医療機関と政治活動の
収斂していく方向性を見極めたようだ。

しばらくして、三男のことを考えているときに思い浮かんだ
イメージを短編作品化した。
医療機関を宗教法人に置き換えて、実社会の表層と実相の
乖離という現実を伝えたかった。
同時に、人間として自己の理念と信念を貫くよう期待を込めて
少し長い作品を三男のために作って贈呈した。

今年の春、このブログに掲載している。

【長く退屈な話~迷える子羊の教会:
        The Church for the Lost Sheep】

 http://hiruneneko.exblog.jp/25543580/
                 2016-04-24

改めて、長年の自分の失敗、過ち、迷い、孤立などのすべてが、
これから本格的に人生を生きようとする子どもたちを
励まし、また力づけるために、私自身に課せられた
試練だったと、今だから思える。
子どもだけでなく、孫たちや、そしてまったく面識のない、
子育てで多忙な多くの両親たち、そして不特定多数の皆さんに、
私の屍を踏み越えて、無事に対岸まで辿り着いて欲しいという
私なりの使命感が、心の底で静かに流れているのを感じる。

私自身の、そんな思いを、
シャーリー・ホーンの歌、「Here’s to Life」が
見事に代弁してくれていると思う。

改めてこの歌を聴きながら、共感を新たにしている。
途中で居眠りしてしまったが、佳きひとときを過ごせて
心から感謝している。


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by hirune-neko | 2016-12-30 01:57 | 心の中のできごと | Comments(0)
<< じっと耳を澄まし、今年の終わり... もうじき今年が終わるが、疲れが... >>



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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