昼寝ネコの雑記帳

ようやく長い眠りから目覚めつつあるようだ


Shirley Horn - Here's To Life (Verve Records 1992)

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ここ2週間近く、仕事中に異常に眠くなってしまう。
気がついたら、まるで意識を失ったかのように、
椅子に座ったまま、眠りに落ちてしまっていることがある。

でも逆に、いつも頭が変に冴えてしまい、しかも
脳内血管に物理的な負担がかかっているような感じは、
いつの間にか消えているようだ。
つまり目覚めてしまうと、頭がすっきりして集中力が戻っている。
思考力が戻るのは、とても有難いことだ。

アメリカの大統領選挙が終わり、一応の形は整うのだろうか。
政治、外交、軍事、金融、貿易のいずれの分野でも、
アメリカは国際的な影響力が大きい。

私は国際政治の勉強をしているわけではない。
日本の政局動向や、韓国の大統領の最終章がどのような
結末に終わるかだって、いろいろな記事やブログ情報の
域を出るものではない。

今はまだ、ミサイルが飛び交ったり、家から一歩外に出れば、
銃弾で狙撃されるような心配はない。
軍事侵攻やテロの可能性が全くないかといえば、
一応は視野に入れておく必要はあると考えている。
目に見えない、自然な形での食品テロや化学テロは
いつ起きても不思議ではないと認識している。

それよりも、かなり以前から明らかに継続しているのは、
情報戦争だといってもいいのではないだろうか。
今ではすっかり古典的な手法になってしまったが、
全国紙や地方紙などの新聞社、地方テレビ局を網羅している
主要なテレビ局、主要な雑誌、これらに対する
影響力を確立してしまえば、かなりの確度で世論を操作し、
印象操作もできてしまう。
これまでの日本は、明らかにマスメディアが籠絡され、
他国のプロパガンダ活動に利用されてきたといっても、
決していい過ぎではないと思う。
それは現在では、インターネットから情報を得ている人たちの間では
すでに常識になっていることだ。

「覚醒する」という言葉が使われているようだ。
疑いもせず、何も知らなかった人たちが、国家転覆や
他国からの支配を誘導するような現実の工作活動を知り、
国家安全保障の見地から危機感を感じ、敵対勢力が可視化される。

そのような人たちが、つまり「覚醒した」人たちが増大することは、
国家にとっては健全なことに違いない。
最近は「ヘイトスピーチ法案」」や「人権保護法案」などを成立させ
恣意的に適用させて、一般国民からの指弾を逃れようとする
動きがある。
日弁連だけでなく、司法汚鮮といわれるぐらい事態は深化し、深刻だ。
選挙だけでなく、最近は官邸メールや外患罪告発など、
一般国民が意思表示できる方法が確立されてきている。
しかし、外患罪告発という強力に思える手段も、検察が不受理という
対応をしていると聞いている。
おそらく、一気呵成に解決できるほど、簡単ではない状況なのだろう。

持論だが、まずは一人の個人そして家族ぐるみで、
正しい情報源を確保し、あくまでも国家安全上の視点から、
それを阻害していると考えられる政治家、政党、新聞社、
テレビ局、政治団体、宗教団体、企業を見分けることだろう。
もし購読あるいは視聴していれば、直ちに止めて遮断することだ。
選挙こそが、最も確実に社会を変えることのできる手段だ。
したがって、選挙には棄権せず、日本の将来を託せる
政治家や政党を選ぶ見識を持つことだ。
日本人の健康被害を視野に入れず、
企業利益を最優先していると思われる企業の商品は
購入しないことだ。

まずは個人そして家族の安全、平安、さらには
家族の絆を大事に考え、慎重にしかし確実に定見・見識ある
国民の輪に入っていくことだと思う。

私の「覚醒」の一番のきっかけは、かつての余命3年時事日記だった。
今でも、余命三年時事日記からは多くの情報を得ている。
少し時間をかけて探せば、かなりの情報を得られる時代になっている。

個人的に、ファミリー・インテリジェンスという概念を考え、
あくまでもごく普通に、市井で日常生活を営んでいる
個人や家庭の皆さんが、無理なく社会情勢の本質を
洞察していただける方法を考えている。
自分自身も学びながら、何年も試行錯誤を続けてきた。

残念ながら、パソコンの不具合による一般業務の遅延、
サイト製作ソフトの大幅な仕様変更などが重なり、
中断を余儀なくされている。
だが、ようやく長い眠りから目覚めることができそうな
状況になってきている。

個人的に、「日本人・ユダヤ人同祖論」という考えに興味がある。
信憑性が高いとすら思っている。
末の日に、失われたイスラエルの支族の再集合があると、
宗教関係書に書かれている。
ごく短期間ではあるが、Weekly みるとすという
個人・家庭向けのニュースレターに、無償にも拘わらず
協力してくれた何人かの皆さんと交流していると、
日本人の血には、伝統格式ある正義と慈悲のDNAが
受け継がれているのではないかと思うほどだ。

自称・紀元前1,000年頃に古代イスラエルで生まれ、
かれこれ3,000以上生きているネコが書いている文章だ。
30世紀も生きていれば、私利私欲も薄れ去ってしまい、
正義のために、あるいは公的な利益のために殉ずることには
気持ちの上では、そんなに抵抗感がなくなっている。
自分の人生の、帰結する、あるいは完結する場だと、
そんな気持ちに支配されて日々を送っている。

本当にしつこいようだが、人生の晩年の心象を歌い上げた、
Shirley HornのHere’s to Lifeが、やはり耳に心地よい。


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by hirune-neko | 2016-12-01 00:54 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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