昼寝ネコの雑記帳

シャーリー・ホーンに癒やされて


SHIRLEY HORN – Here's To Life (1994, HD)

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今日は珍しく、朝から途切れることなく、何かをしていた。
この時間になって、ようやく区切りがついたところだ。

神経が張り詰めて、途中で脳の血管が
どうにかなってしまうのではかと思った。
相手のあることばかりで、待たせているので休むわけにもいかない。
音楽など聴けるような感覚ではなかったのだが、どういうわけか
このシャーリー・ホーンの歌は、神経に障らない。
立て続けに、こんなに同じヴォーカリストだけを聴くなんて、
本当に珍しいことだ。

この表情だと、推定年齢68歳ぐらいなのではないだろうか。
しかも演奏が1994年ということは、26年前なのだから、
仮にご存命だとしても、94歳?
もしかして私は、自覚していなかったのだが、
ロリコンでもマザコンでもなく、きっとババコンなのでは
ないだろうかと、新しい発見をしている。

向き合う女性が、アン・ハサウェイだったり、あるいは
アンジェリーナ・ジョリーだったら、女性と向き合っているという
ある種の警戒心を持ってしまうと思う。
警戒心といっても、相手に対してではなく、自分自身に対してだ。

その点、シャーリー・ホーンが相手だったら、おそらくは
すっかり寛いでしまい、おそらく警戒警報のベルは
鳴らないのではないだろうか。

女性は死ぬまで女だと、誰かがいっていた・・・家内だった。
それはそうなのかもしれない。
しかし、私よりずっと若い女性だって、女性を意識させない、
実に人間的な女性が多いと思う。
たまたま私が、そういう群れの中にいるだけなのかもしれない。

シャーリー・ホーンの表情と声には、長い人生の陰影が
そこはかとなく刻まれている。
長いつきあいの、いい友達になれそうな気がする。
塵の中から這い上がってきたような、寛容な人間味を感じる。
・・・なんでアタシが、
アンタの友だちにならなきゃいけないの?・・・
と、いわれてしまいそうだ。

今日私は、ある場所で数十人の人たちを前にして、
偉そうに講釈を垂れた。
立ったままだったので、それなりに疲れたが、話しながら
話題とはまったく関係のないことを、頭の中で考えていた。

自分が、孤立を恐れない人間だということを、はっきりと自覚した。
人と接していても、あるいは共同作業で何かをしていても、
明らかに、接する人との間に距離を感じている。
どうやら、他者に依存するというメンタリティはないようだ。

でもこれは、とても懐しい感覚だ。
学生の頃も同じような感覚で過ごしていたと記憶している。
30歳代前半からは、かなり頻繁に海外に滞在した。
アメリカは、ワイオミングの牧場を除き、
ほとんどが大都市だったし、イギリス、フランス、ドイツ、
そういえばスイスにも行った。
相手が出版社や書籍・雑誌・楽譜の問屋だったので、
主要都市ばかりだった。
ドイツはそんなに頻繁ではなかったが、ケルン、ベルリン、
シュツッツガルト・・・あと数都市の名前は忘れた。
どこに行っても、仕事以外はいつも単独行動だった。
異邦の人間として、どんな所にも平気で入って行った。
ずいぶん無謀だったと思うが、あの頃から
自分が無国籍人間だと感じていた。

言葉の不自由さはあるし、体力や健康への自信も低下している。
しかし、感覚的にはどこの国に行っても、
そこの人混みの中に同化できそうな気がする。
不思議なことだが、今でも北欧、東欧、ロシアには
行ってみたいと思っているようだ。
残念ながら、アメリカにはそんなに行きたいとは思っていない。
理由は分からないが、ハリウッド映画よりヨーロッパの映画を
好むのと同様に、何か関係があるのかもしれない。

将来、仕事の内容が文章を書くことだけになったら、
ノートパソコンをリュックに入れて、旅先から原稿を送り、
しばらく滞在して、短編小説の主人公との出会いを求めたい。

どうせ思うだけで終わるのだろう。
せいぜいツアーの一員で、街を一回りして満足するような、
高齢者になるのも、そんなに遠くないのかもしれない。

怖い気もするが、シャーリー・ホーンが
まだどこかで歌っているのか、あるいはすでに他界しているのか
調べてみようかと思い始めている。

私はババコンなので・・・なんて伝えたら、
きっと気を悪くすることなく、可笑しそうに笑うだろうと思う。
そんな女性だと思うし、そんな年齢だとも思っている。

今日は一体、何をヘンテコなことを書いているのだろうか。
すっかり予測しない話題になってしまった。


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by hirune-neko | 2016-11-21 01:44 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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