昼寝ネコの雑記帳

40年ぶりに学生時代を味わっている


"Comme ils disent" Mr Charles Aznavour

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


二人目のお孫さんをお持ちになった、おばあちゃんへ。
同時代を同じ場所で過ごした、と考えるだけで、
見ず知らずの方であっても、親近感が湧きます。
おめでとうございます。
お孫さんとご両親にも、宜しくお伝えください。



1970年前後に学生だった人たちは、ある意味で
あの時代のピークに対峙していたように思う。
右か左か、今にして思えば、狭い視野で観念論を振り回し、
背後から誰かに操られる、人形のような存在だったように感じる。

今年、2016年ということは、
当時から半世紀近くが経過しようとしている。
今の時代もある意味では、時代の変革期なのではないだろうか。

1970年当時と大きく異なるのは、得られる情報量が格段と増え、
その情報も、かなり核心に触れる、精度と質の高い内容になっている。
日本国内の、しかも矮小化された範囲で、二者択一を迫るような、
非現実的で稚拙な議論は、もはや通用しなくなってしまった。

国内問題に矮小化しようと試みても、今の時代は、
中国、韓国、北朝鮮などの実態がほぼ瞬時に伝わってくる。
日本対他国の対立関係というものが,否応なく視野に入ってくる。

何十年もかけて、日本の中枢に浸透してきた勢力によって、
周到に構築されてきた日本の支配構造、あるいは
日本の転覆工作の実態は、もう誰の目からも隠すことはできない。

表現は悪いかもしれないが、つい数年前の日本では、
国自体が壊死し始めていることに、一部の人しか
気づいていなかった。
指摘しようにも、大マスコミのラウドスピーカーから流れる、
大音量の主張にかき消されてしまった。

ここ数日、インターネット上で拡散されている情報は、
韓国の「人治国家」の本質をさらけ出してしまったのではないだろうか。
個人的には気の毒に思うが、暗殺された両親を持つ娘が、
安心・信頼できる個人的な関係に傾倒しても、心情的には理解できる。
また、カルト宗教であったも、信仰に救いと安らぎを求める心象も理解できる。

しかし、大統領という椅子に座って後に、
個人的な関係の人間に国家機密を漏洩し、国家中枢の人事にも
影響力を行使せしめ、対北鮮戦略のにも関与を許し、財界からの
支援も誘導させるなど、考えられない行動があったようだ。
本来なら、側近が察知して進言すべきだと思うのだが、かかる
韓国の国家安全保障の根幹に関わる実態であっても、結局は
「人治国家」の脆弱さを露呈してしまったのではないだろうか。

国民の離反もさることながら、中国や北朝鮮がこの機に乗じて、
どのような動きに出るのか、残念ながら私にはまったく予測できない。

しかし、そのような韓国政府あるいは機関と通底し、
日本の軍事機密や国家機密を漏洩した閣僚が存在したような、
非常に危険な政権を、数年にわたって延命させてしまった。

それらの背景事情を知ることは、今日では非常に容易である。
かつては大手メディアが決して報じなかった内容も、
インターネットで検索すれば、個人ブログだけでなく、
通信社や新聞社の電子記事を目にすることができる。

つまり、今の時代は1970年当時とは大きく異なり、
マスメディアがスクラムを組んで、恣意的な報道をしても、
一般国民に対する印象操作は効かなくなっている。

そんな日本は、明らかに分水嶺にさしかかっていると感じる。
ヘルメットを被ってゲバ棒を振り回さなくても、
冷静な判断力と洞察力により、選挙で一票を投じる、あるいは
官邸メールによって自己主張を行う、さらには
国家存亡の危機だと考えれば、国家の安全を棄損し、
他国との関係で危殆に瀕するよう、日本を誘導している団体や
人間に対し、そのために用意されている「外患誘致罪」の罪名で
告発することもできるようになった。
日本国民に対して与えられている基本的で固有の権利だ。

例え武装しなくても、合法的な方法で、確実に社会を
変えられる手段が、今の日本人には与えられている。
賢く、冷静で判断力と政治意識の高い人たちは、
確実に増えていくだろうと期待している。

人種差別などどいう領域でもなく、ヘイトという感情論でもなく、
純粋に国家安全のための懸念を、合法的・平和裡に
表明する層が、着実に厚くなっていく予感がする。

このところ、シャンソンが続いてしまった。
不思議なことだ。
アズナヴールの歌が好きで、数十年前から効いている。
かなり経って、このComme ils disentという曲を知った。
ブログに掲載したところ、リヨン在住歴の長い
日本人女性が、フランス語の歌詞を日本語に訳して、
投稿してくれた。
曲想に惹かれていたのだが、歌詞を読むと
小さなアパートで母親と二人で暮らす、ゲイの男性の日常を
表現した内容だった。
思わず苦笑いしてしまった。

フランス語をちゃんと使えるようになりたいと思ってから、
すでに40年が経過し、挫折の連続である。
諦めてはいないが、さて、ちゃんと勉強する機会が
訪れるのだろうか。
諦めて放棄したらその時点で可能性はゼロになるので、
思い続けるようにしたいと思う。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2016-11-03 01:28 | 心の中のできごと | Comments(0)
<< ちっとも文化的ではなかった文化の日 やはり月末にポカをやらかしていた >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
千波矢さん 投稿コ..
by hirune-neko at 18:56
ご無沙汰しています。 ..
by 千波矢 at 14:29
ロマランさん 一生..
by hirune-neko at 01:12
日本にいれば是非行きたい..
by ロマラン at 02:39
Nonnieさん ..
by hirune-neko at 11:53
記事ランキング
以前の記事
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ