昼寝ネコの雑記帳

どこに行ってみたいか、何をしてみたいか


Astor Piazzolla - Viaje de Bodas

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考えてみたら、旅行に行こうとか、余暇に何かをしようか
などという発想がまったくなくなって久しいようだ。
絶えず時間に追われ、常に何かを考えている。
もしかしたら、自ら病を作ろうとしているのかもしれない。
客観的に自分の生活パターンを見ると、健康的とはいえない。
明らかに不健康なのだと思う。
寝たきりは身体の機能を弱めるというが、
座りきりだって、明らかに筋力が弱り、
身体の機能も落ちているのを実感している。
どうにかしなくては、と思ってはいるのだが、
仕事の蟻地獄から、なかなか這い出せない。

アクション映画を観ただけで、
自分も激しく身体を動かしたように錯覚している。
映画の舞台がイスタンブールに移っただけで、
自分もイスタンブールに行ったような気分になっている。

自分の置かれている環境が蟻地獄だとは思っていない。
単に迷路なだけだと感じている。
出口のない行き止まりだと困るが、
仮に行き止まりだったとしても、壁を乗り越えるか、
あるいは突き破ってしまおうという気力はある。

日本語化しているナイーブという言葉と、
英語本来のナイーブという言葉は、本質的に意味が違うようだ。
日本語では、ナイーブというと繊細というニュアンスがある。
英語では、火星人が存在するといわれてそのまま信じるような、
小さい無邪気な子どものような、純真さを意味するらしい。

普通、人間は年齢を重ねると、どちらの意味でも
ナイーブさが失せてしまい、現実的になるようだ。

還暦を過ぎても、二十歳前後の若者と、同じような視点で
現実社会を見ているとすれば、明らかに困ったものだ。

逆に還暦を過ぎて、社会の現実を理解していても、
繊細な感性を失わずに生きている人は、
そんなに多くはないような気がする。

自分の存在を支え守るものは、お金しかない、と
確信して生きる人もいる。
名誉や地位に固執して、すべてに優先させる
価値観の人も存在する。

やがて、いずれは朽ち果てる人間として、
人生で何を拠り所にして生きるか。
それを最終的に決定するのは、その人の感性だと思う。
感性は理論を超越した判断力だ。
感性は、往々にして洞察力の源にもなる。

その感性を強め、高める薬やサプリメントは存在しない。
感性が豊かになる飲み物や食べ物も存在しない。
大学の偉い先生に訊いても、慣性の法則はよく知っているが、
感性の法則なんてある訳がない、というだろう。

感性は脳にも働きかけるし、感情にも大きな影響を与える。
人格形成にも大きな影響をもたらすし、人間関係を円滑にもする。
感性は一体どこに存在し、定着しているのだろうか。
心の中なのではないだろうか。
しかし、外科医が心を手術するなどとは聞いたこともない。
目に見えない存在でありながら、人間であれば誰でも
心の存在を実感している。

心に感じる音楽を聴き、心に届く言葉を聞き、
心に感動を憶える物語を読み、心が安らぐ美術品を観賞し、
・・・つまるところ、心に対していい影響を与える要素を
見つけ、積極的に吸収することが、感性の完成への
近道なのではないだろうかと、最近はそう思うようになった。

現実社会の分析も大事だが、一人の人間として、
豊かな感性を自分自身、あるいは子どもたちの中に
育むことは、目視確認がしにくい領域のことではあるが、
長い人生を通じて、ゆっくりと取り組む価値のある
一大事業だと確信するに至った。

長年にわたって虚無感や無常感に伴走されて生きてきたが、
いつ不存在の存在になってもおかしくない年齢になって、
ようやく、誰の人生にも立ち塞がる重い扉を開く鍵が
なんであるかが分かりかけているような気がしている。


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by hirune-neko | 2016-10-31 00:13 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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