昼寝ネコの雑記帳

印象的だった今日の電話での会話


Samantha Wells performs "Valsa Sem Nome" by Baden Powell

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何週間前だったか、記憶はおぼろげだが電話を受けた。
知り合いの方が産婦人科からプレゼントされた,名入れ絵本
「大切なわが子へ」を見せてくれたという。
絵本の文章を読んで、自分の娘にも作ってやりたい、
もう子どもではないが作ってくれるか、という問合せだった。
親から子どもへの愛情表現なので、大きくなったお子さん向けに
作ることができます、とお伝えした。

そのことはもうすっかり忘れてしまっていた。
毎日、絵本製作申し込み専用アドレスに、何冊かの
申し込みがある。

その中のひとつを開けてみると、父親の名前がなく、
母親の名前だけが記載されていた。
お子さんの名前と生年月日を確認したら、
一瞬、年齢が計算できなかった。
20代の後半のお嬢さんだった。
ああ、あの電話の方だなと思い出した。

基本文があり、名前部分を差し替えて、ある意味では
次々と機械的に本文を印刷している。
そうしないと勿論、コスト的に赤字になってしまう。

例外がある。
天使版の文章での製作依頼が来たときは、
内容がデリケートだけに、製作ラインから外され、
私の手許に回されてくる。

天使になったタイミング、つまり、出産前に
母親のお腹の中で天使になったのか、あるいは
分娩処置中に天使なったのか。
産声を上げたのか、生まれた赤ちゃんを一瞬でも
抱きしめることができたのか、それによって
とくに母親の心の受け止め方が、微妙に異なる。
とても事務的に文章を作ることなどできない。
ある程度の状況を把握し、相手の心象を推測して
初めて文章のイメージが湧く。

あるご夫婦は、なかなか精神的に立ち直れず、
院長にメールで近況を伝えてくる。
そのメールが、院長から私に転送されてくる。
ご夫婦で苦しんでいたそんなある日、
子どもからの悲痛な叫び声が、心に聞こえたという。

「お父さん、お母さん、もうこれ以上
ぼくのために苦しまないで」

そこで我に返ることができたそうだ。

院長から天使版の絵本をプレゼントされた、そのご夫婦には
やがて次の子どもが授かり、再び院長の診察を受けに来たそうだ。
とても嬉しかったと、院長は心からの喜びを私に告げた。

もう20代後半のお嬢さんのために、絵本を作ろうと思ったお母さん。
父親の欄には名前の記載がない。

私はためらわず電話した。
呼び出し音が途切れても声がしない。
私が声を出すと、ようやく応答があった。
それなりに意味のある空白の数秒だと感じた。

立ち入ったことを伺いますが、と断り、
父親名が空白であることに触れた。
病死なのか・・・といいかけたら、離婚しました、
という言葉が返ってきた。
では、お父さんのことは触れない方がいいですか?
触れないでください、という短いやりとりだった。

聞くと、お嬢さんは近々、嫁がれるそうだ。
女手ひとつで育て上げた娘が嫁いでいく・・・
母親にとっては、人生の大きな節目なのだろう。
その思いを一冊の絵本に託し、大切に育てた
愛する娘への、無言のメッセージにしたいのだろう。

長かったこれまでの人生には、様々な労苦があったに違いない。
おそらくは自分自身を犠牲にして、子どもを育ててきたに違いない。
母親の心情が痛いほど伝わって来た。
試作した文章を事前に見たいとのことだったので、
できあがったらPDF版で送る約束をした。
電話を切るときの挨拶は、言葉に詰まってしまい、
ちゃんと伝えることができなかった。

これまで、4万数千冊の絵本を製作してきたが、
このようなケースは初めてだった。
母親の心情がお嬢さんの心に届くよう、それなりの時間をかけて、
文章を推敲したいと思う。

ああそうだ、同じ絵本を2冊作り、1冊は私からお母さんへの
プレゼントとして一緒に送って上げようと、たった今、
心に思い浮かんだ。
永年苦労して育て上げたお嬢さんとの、かけがいのない思い出に、
お互いに違う場所で違う時間に、同じ絵本を手に取って
同じ感動を味わっていただけたら、どんなにいい思い出になるだろうか。
きっと喜んでいただけると思う。

勿論、文章推敲・修正の料金も、追加の絵本代金も請求はしない。
お二人の心で、それぞれの愛情を感じ、感動を味わっていただければ、
人生にとって、これほど得がたい経験はないのではないだろうか。

その情景を思い浮かべることができれば、私にとっては、
お金では買えない、何よりも貴重な達成感だと思っている。


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by hirune-neko | 2016-10-28 00:09 | 心の中のできごと | Comments(0)
<< 不眠症も困るが、ずっと眠いのも... ようやくMacの動作不良の結論が出た >>



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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