昼寝ネコの雑記帳

歩きながらの一句 名僧は迷走しながら瞑想す


Astor Piazzolla - No quiero otro


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まるで激戦の死地から奇跡的に生還した兵士のように、
どろどろした恐ろしい悪夢から目覚めた少年のように、
敵地で死刑を宣告され刑場から鷲の翼で逃れた無実の囚人ように、
気がついたら、一昨日からの苦痛から解放されていた。
心身に苦痛がないというのは、かくも平安なものかと感じる。

心配した何人かの方から、お見舞いのメールをいただいた。
通風ではないか、低血糖と神経障害の合併症ではないか、など
いろいろ心配していただいた。
私ごとき世捨て人同然の、存在感のない人間にとっては、
とても心温まるメッセージで、有難かった。

自覚的には、「座りきり老人症候群」つまり、
長時間飛行機に乗ってもいないのに、エコノミー症候群を
発症したのだと思う。
ずっと締切仕事が連続し、寝る時間が深夜2時から3時、
ひどいときには4時になってしまうこともあった。
軽く考えていたのだが、徐々に身体の隅々が蝕まれていたのだろう。

今回の症状は警告だと考えて、生活スタイルを再構築したいと思う。
三日坊主に終わらせず、夜は身体の免疫力が快復するといわれる
午後10時から午前2時には、床について睡眠を取るようにしよう。
甘いもの依存症という言葉に甘えず、スウィーツを遠ざけよう。
毎日40分のウォーキングを欠かさないようにしよう。
一日3リットル以上の水分を摂るようにしよう。
毎日最低30分以上の読書時間を確保し、脳内栄養を補給しよう。

考え出すと、あれもこれもと湧きだしてきて、
どうも消化不良になってしまいそうだ。

今もまだ、古参兵である旧いiMacで主要な作業をしている。
新兵のiMacとMacBook Proは、まだまだ初期設定が終わらず、
前線に出ることはできない。
じきに営業を本格化する予定なので、相手によっては全国を訪れる。
iPadでは製作作業に限界があるので、どうしてもMacBook Proを
携行せざるを得ない。

昨日は10分しか歩かなかったが、今日は倍の20分歩けた。
iPodとイヤホンでピアソラのアルバムを聴きながら歩いた。
歩きながらピアソラの作品を聴いていると、イメージが浮かぶ。

遙か彼方には、目的地の尖塔が見える。
方向を見失うことはない。
しかし、目の前には何筋もの迷路が拡がり、迷走を余儀なくされる。
高名な名僧であれば、迷走しながらも慌てず落胆せず、
正しい道を求め、落ち着いて瞑想するのだろうと考えた。

そのうち、ダジャレの俳句が思い浮かんだ。

「名僧は迷走しながら瞑想す」

表音文字しか使わない外国人に対し、
「メイソウはメイソウしながらメイソウす」
などといってみても、日本語が嫌いになるだけだろう。

そういえば今日、札幌から小さな荷物が届いた。
ケアマネージャーをしてくれていた女性からで、母が遺した
短歌の原稿の束に紛れていたらしい日記帳が何冊か入っていた。
手書きの崩し文字なので、判読が困難だった。
しかし、おそらくは私に対しても寡黙だった内面の記録が
残されているのではないだろうかと思うと、
読まなくても、何か切ないものを感じる。

母方の祖父は、太宰治と同郷で菩提寺も一緒であり、
ほぼ同時代人だった。
何度か金木(五所川原)を訪れ、斜陽館だけでなく
津島家別邸の和室で独りの時間を過ごし、面識のない祖父の
面影を探ったりした。

父方の祖父は、かなりの酒乱で、若い頃から仕事をせず、
毎日飲んだくれていた。
父とはあまりにも人間としての筋が異なることに、
小さい頃から違和感を感じて育った。
何ヶ月か前、母を見舞いに札幌に行った折、父の従姉妹から
「あんたのお父さんはじいさんの本当の子どもではなかった」
と聞かされた。
母も初めて聞く話しで、唖然として言葉を失った。
「あんたのじいさんとばあさんは、秋田から逃げて北海道に渡った」
まるで小説の最終章のように、過去の謎が開示されたようだった。

まだ残っている親戚の年寄りを頼って、いつか話しを聞きに行きたい、
そういうと従姉妹は、そんな古い話を聞いてどうするの、と反論した。
私は父の血を引く息子であるが、
あのヤクザまがいの祖父とは血のつながりがないと知り、
ある種の安堵感を感じた。
一方で、抑圧された家庭環境で育ち、自分を殺し続け、
45歳で早世した父の、ものいわぬ無念の叫び声が聞こえるような気がする。
何も手がかりは残っていないかもしれない。
しかし、自分の無念に終わった人生に、息子が心を向けてくれたと、
父が穏やかな笑顔を浮かべる姿が目に浮かぶ。
子どもの頃の記憶の中に、父と遊んだ情景はない。
一緒に接触した記憶が薄いというのが、父に対する私の記憶である。

アルゼンチンのソラナス監督の映画作品であるEl Viaje。
邦訳すれば「旅」だが、失踪した父から届いた手紙の住所を頼りに、
少年は自転車で、父を探しに広い南米を縦断する。
ピアソラが作曲をした作品だ。

この少年は生きている父親を訪ねた。
結末は記憶にないが、私の場合は遙か昔に他界した
死者の面影を探しに行くことになる。
結果的に何も見つからなくても、その場所まで足を運び、
心の向くままに探し求めることに、意味があるように思っている。


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by hirune-neko | 2016-09-06 00:28 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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