昼寝ネコの雑記帳

ご心配くださった皆さんへ、無事帰還のご報告


Bill Evans - "All Mine (Minha)"


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


午前10時に関係者が某信用金庫に集まり、決済が済んだ。
その足で某都市銀行に行く必要があったが、
司法書士の先生の車で、一緒に連れて行ってもらうことになった。

助手席に座ると、アルトサックスのジャズ演奏が流れていた。
ラジオなのかCDなのか質問したところ、iPhonrに保存している
曲をカーステレオで流していると説明してくれた。

先生はジャズがお好きで、車の中でずっとジャズの話になった。
私がピアソラの名前を出すと、好きです、知ってます、
という意外な返事が返ってきた。
すっかり嬉しくなり、池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団が、
音楽コンクール本選で二度目に上京されたとき、彼らのために
昼寝ネコの名刺を作って配ったのを思い出した。
名刺入れに入っていたので、先生にも一枚差し上げた。
ブログとピアソラ音の出る図書館のことを説明したところ、
興味を持っていただいたようだ。
非常に実務的な仕事の中から、思いがけずジャズや
ピアソラの話題が生まれるなんて、思ってもみなかった。

何人かの札幌の方々から仕事の依頼を受けているので、
お会いすることを想定し、午後9時半の便を予約していた。
ところが、朝ANAからメールが入り、台風の接近による
欠航が出る可能性があるので、早い便に変更することを
勧めていた。明日は月末なので、今日中に帰らなくては。
最終的に、午後2時半の便に飛び乗った。
20時間の滞在で札幌を後にしたことになる。

新千歳空港のカウンターで、1時間早い便に搭乗できることが
わかったが、考えてみたら恒例の遺言もどきのメールを
子どもたちに送っていないことに気づいた。
空港内でハンバーグを食べながら、iPadで長いメールを送った。

羽田の第2ターミナルからは、二子玉川行きのバスに乗った。
すぐ前の席には、明らかに日本人アクセントの若い女性と、
中東系と思われる男性が、英語で話しをしていた。

左側の席には、小さな子どもと年配の女性。
その女性は英語で子どもに話しかけていたが、途中で日本語になった。
どうも状況が判然としない。

第1ターミナルからは、松葉杖の若い女性が乗車し、
左斜め前の席に座った。

やがてバスは高速1号線に入り、速度を上げた。
シートの隙間から、前席の男女の様子が目に入る。
言葉が途切れ、女性が男性の肩にもたれかかったかと思うと、
二人の接吻シーンが目に入る。
ある意味では微笑ましい光景だ。

バスの振動のせいで、iPadでの読書を諦めることにした。
往復の移動中は車内、機内で暗号に関する電子書籍を読んでいた。
なかなか興味深い内容だ。
iPadをリュックに仕舞ったとき、あるシーンが目に浮かんだ。

東京を夜出発し、遠くの地方都市に向かう夜行バスの車内。
まばらな乗客の年齢や性別は異なり、お互いに見知らぬ他人同士。

疲れた表情の中年の女性は、離婚を決意し実家に向かっている。
スーツ姿の若い男性は、東京で就職試験を受け、
不安と希望を同居させながら、郷里に帰る。
小さな子連れの中年女性は、娘が重篤な病で入院したため、
孫を引き取って自分の家に帰る途中だ。
若い男女二人は、婚約し彼女の実家に向かっている。
やはり疲れた表情の男性は、上司との折り合いが悪く、
仕事上の失敗を自分になすりつけられたため、
退職すべきか迷いながら、有休を取って旅に出た。

1台のバスに偶然乗り合わせた乗客たち。
それぞれの感情と人生の陰影を乗せて、深夜の高速道路を走る。

もしかしたら、そのような着想の作品がすでにあるかもしれない。

いつの間にか、バスは二子玉川の駅に到着した。
松葉杖の女性が車内の通路に出るのを待った。
頭を下げた彼女は、運転手の介助を断り自力で降車した。

私自身のささやかな葛藤は、国籍・人種・職業・思想信条などを
一切視野に入れず、個の人間に対して接したいという思いと、
一方で、国家と国家の対立構造に直面すると、どうしても
その国の人たちを、包括的な集合体として判断せざるを得ない、
という現実的な思考がぶつかり合うことだ。

これからは徐々に、産婦人科クリニックへの営業で、
飛行機に乗って国内を回る機会が増えると思う。
荷物はリュックだけにして、詰め込める必要機材の量の
限界を今回は知ることができたので収穫だった。
おそらく10数キロにはなったのではないだろうか。
ずっしりと重いリュックだったが、映画「山猫は眠らない」の
主人公であるサムエル・ベケットのことを思い出した。
女性から彼女の家に滞在するよう誘われたとき、
「私はずた袋ひとつで、ホテルに泊まる方が性に合っている」
と、彼はいったが、分かるような気がした。

数日前、大失敗に気づいた。
リュック・ベッソンの初期作品だと思うのだが「ニキータ」は
とっくに観ていたと思って、確認したらまだだった。
「レオン」と取り違えていたらしい。
「ニキータ」には、そのジャン・レノが、ちょい役で出演していた。
なかなか見応えのあるいい作品だった。

昨日、首都圏を発ってから戻るまでの約24時間。
細かな確認と連絡、シミュレーションをしての準備と、
私にしては高密度の一日だった。
いろいろな方から、メールをいただいたり、投稿していただいたり、
原稿を送っていただいているが、明日の月末業務を終えるまで、
しばらくお待ちくださるよう、お詫びとともにお願いする。

新しいiMacもMacBook Proも、まだ機能不全である。
この記事は、旧iMacとの協同作業で、作成している。
これでも、かなりブラインドタッチもどきで、高速入力をしている。
慣れた環境というのは、本当に有難い。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2016-08-31 00:49 | 現実的なお話し | Comments(6)
Commented by M at 2016-08-31 10:07 x
こんにちは。
札幌の司法書士Mです。
昨日はありがとうございました。
東京まで無事戻ることができましたとのこと、本当に良かったですね。

自宅のCDラックをみてみたところ、ピアソラはゲイリー・バートンと一緒に録音したものがありました。
これからほかにもいろいろと聴いてみたいと思います。

こちらのブログもお気に入りに登録させていただきましたので、これから日々の楽しみとさせていただきますね。
Commented by hirune-neko at 2016-08-31 11:33
Mさんへ

コメントを有難うございました。
こちらこそ大変お世話になりました。
無事に済んでほっとしています。

私の年齢では、ちょっとハードな一日でしたが、
皆さんのおかげで、懸念なく終えられ
肩の荷を下ろすことができました。

ピアソラは果敢にジャズにもチャレンジし、
融合を図りましたが、
実験としての勇気は認めたいと思います。

お気に入り登録を有難うございます。
またお気軽にお立ち寄りください。

有難うございました。
Commented by 千波矢 at 2016-09-01 04:44 x
 
どこからが現実なのか、どこからが妄想、或いは空想なのか、曖昧な物語世界に、いつの間にか誘われている不思議感覚の変わらなさが、魅力なのかな…

『古代イスラエルの時代に生まれて、もう3,000年以上生きている』

気の遠くなるようなネコ生の、通り道でしかない現在(今)…
物語のひとコマにすら成り得ない一瞬を、鮮やかに印象づける…


ああ、こうして物語は始まるのか…


ー…ー


迷走台風が、東北・北海道に甚大な被害をもたらす中、ご無事のお帰りに安堵しています。
中身の濃い強行軍だったようで、お疲れ様でした。

一つの大切な役割を終えられ、ほっとされていることと思います。

『猫の給仕頭』君も、役割を終える時が来ているのかもしれませんね…

        千波矢 拝
 
Commented by hirune-neko at 2016-09-01 11:27
千波矢さん

コメントを有難うございます。
お名前を確認せずに読み始めましたが、なかなか
格調高い、適度な緊張感のある文章なので、
思わず身構えましたが、千波矢さんだったんですね。
納得しました。
改めて、千波矢さんには物書きとしての才がありますので、
大切に育ててくださいね。

まるでモグラたたきのように、ひとつ片付けば
また新たな課題が発生という状態です。
でもまあ、世の中に必要とされているのだと
有難く思うようにします。

千波矢さんには、どんなカテゴリーの作品が
似合うのか考えていますが、まだ見つかっていません。
楽しみですね。
書き続けてくださいね。
Commented by 千波矢 at 2016-09-02 01:53 x
 
『千波矢さんには、どんなカテゴリーの作品が
似合うのか考えていますが、まだ見つかっていません』


当ページを拝見していて、
ふとすると夢か現かわからなくなる、そんな感覚を何度も味わっていることを思い出し、
それを、何とか表現できないものかと、思考した結果だったのですが、
お気に召していただけたようで安心しました。

はい、気力が続く限り書き続けたいと思います。
そして、いずれは、昼寝ネコ様のような達観した境地から書けるようになればと思っています。

『欲』からは、まだまだ解脱仕切れそうにありません…

             千波矢 拝


Commented by hirune-neko at 2016-09-02 12:46
千波矢さん

欲も、ときには生きる上での原動力になりますので、
年齢。経験とともに変容させていけばいいのではないかと
思いますよ。

そういえば、千波矢さんの年齢は、まったく知りませんので、
でも、まだまだお若い方だと思っています。
27歳で、誕生日は10月7日・・・ぜんぜんかけ離れてますか?
<< 「匿名希望」という名の、賢者か... 台風接近の中、新千歳空港に無事到着 >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
千波矢さん 投稿コ..
by hirune-neko at 18:56
ご無沙汰しています。 ..
by 千波矢 at 14:29
ロマランさん 一生..
by hirune-neko at 01:12
日本にいれば是非行きたい..
by ロマラン at 02:39
Nonnieさん ..
by hirune-neko at 11:53
記事ランキング
以前の記事
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ