昼寝ネコの雑記帳

遺言も度重なると呆れられてしまう〜昼寝ネコの遺言


ROBERTO GOYENECHE - "Los Mareados"

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


仕事で飛行機に乗るときは、必ず旅行傷害保険に入る。
生命保険の事故割り増しと、旅行障害保険を合わせると、
これこれの金額が入るので、残されたみんなで、
このように分割協議してどうのこうのと、子どもたち全員に
一応は遺言らしき内容のメールを送るようにしている。
毎回そのようなメールを送るものだから、
子どもたちは「またか」という感じで、ちっとも深刻さがない。

確かに飛行機事故の確率は低いようだが、たとえ限りなく
ゼロに近い確率ではあっても、決してゼロではない。

初代かず先生との暗黙の約束で、初出の記事から始め、
今でもブログ・余命三年時事日記の記事を、律儀に保存している。
6月4日の途中から、忙殺されて保存することができなかったので、
今日、なんとか時間を確保し、なんと19記事を加工して
PDF化し、保存し終えた。あくまでも保存である。

この半年を振り返ると、12月の新刊書籍「余命三年時事日記」が
発行された直後に、このような情報拡散を忌み嫌う人たちの視点から、
出版史上最悪の書籍である、という内容の記事を書いたことが発端で、
私の身辺にも、何やら不透明な霧が忍び寄っているようだ。

記事掲載から24時間の間に、約1万2千人以上のアクセスがあり、
何ごとかと驚いたのを憶えている。
どなたかが余命ブログに、昼寝ネコは反日策動家だというような
投稿をされたのがきっかけだそうだ。
今ではもう、懐かしい思い出だ。

その後、記事を書いて少し経った頃、娘の知人のようないい方で、
余命の皆さんの信用性を棄損するような助言投稿があった。
まるで所在を確認するかのような、不審な訪問者があったり、
余命ブログを深追いするような記事は避けた方がいいという
投稿があったり、いろいろある。

いつの間にか、私のブログを余命関連ブログと
位置づけしてくださったり、政治系ブログというカテゴリーに
入れていただいたりで、恐縮している。
正直いって政治はたくさんの関心事の
ひとつなので、触れることはあったが、政治学を勉強してはいないし、
市井の人間の一人として、感じたまましか書いていない。

最も関心があるのは、個人や家族が広く情報を収集し、
可能な範囲で分析して、判断力を高めていただくお手伝いを
したいということでしかない。

インフォメーションからインテリジェンスへ、という図式だ。
これまで、そのような発想で発言する人がいなかったせいか、
今でも手探りで試行錯誤している。

今日、数時間かけて余命記事を加工しながら、過去に観た
いろいろな映画のイメージが交錯するのを感じた。
余命ブログの記事の中に、川崎のヘイトデモ事件の動画が
掲載されていた。ほんの数分しか観なかったが、現場のリアルな
状況が伝わってきた。
デモが届け出制であって、許可制ではないのに・・・という議論は
さておくとして、もし、私ごときのヘボブログでも
邪魔な存在と見なされてしまい、なんらかの妨害行動に出られる
状況を想定してみた。

はい、分かりました、ブログは閉鎖しますとか、
国内外の懸念情勢については言及しません、とか、
今後、余命ブログは一切無視しますとか、
記事は日本や海外のネコのことしか書きませんとか、
恫喝に負けてそのように屈服できるだろうかと考えてみた。
別に私利私欲が絡んでブログを書いている訳ではないので、
牙を抜かれた狼や、ヒゲを抜かれたネコのように、
生ける屍同然の余生を送るだけの度量はないだろうと思った。

千歳空港警察で没収されたVONOWI社製の、特殊警棒のことが
頭をよぎった。家の中に保管するのは合法ですよと、
取り調べの警察官が太鼓判を押してくれたので、
再度購入しておこうかなと考えている。

私自身は、誰に対しても敵対心を持たないようにしているし、
これまでに、実に多くの国籍・人種の人たちとの付き合いがあった。
なので、信頼できる人、信義を持っている人であれば、
どこの国籍だろうが、普通にお付き合いをさせていただいている。

とまあ、遺言ではないのだが、私も生身の人間なので、
年齢を考えても、いつ引っ繰り返るか分からないし、
不慮の事故に遭うかもしれないし、亡くなった母の遺産が
スイスの銀行に数千万ユーロもあったなどと聞き、
嬉しさのあまりショック死するかもしれないし、
人生なんて、いつ何が起きるか分かったものではない。
もしものときは、一緒に仕事を手伝ってくれている次男が、
ブログ閉鎖のお知らせ案内を掲載することになっている。

正直にいうと、あまり自分の命そのものに執着心がない方だ。
このゴジェネチェが歌う「酔いどれならずもの」のように、
ふてぶてしく生きながらえるかもしれないし、先のことは
皆目予測がつかない。

なので、今日はたまたまそのようなことを考えたので、
生前葬ではないが、生前の遺言メッセージを一度だけ
掲載させていただきたいと思った次第だ。

たくさんの読者の皆さんにご来訪いただき、心から
お礼申し上げる。
とても励まされてブログに向かうことができている。

さて、これですっきりしたので、明日からはまた
ふてぶてしく生きていこう、という気力が出てきてしまった。


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by hirune-neko | 2016-06-08 00:32 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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