昼寝ネコの雑記帳

原因不明で、一日中クシャミと鼻水が止まらなかった


Ямщик, не гони лошадей Фото Николай Еременко Наталья Бондарчук Красное и черное - Наталия Муравьева

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お訊きしたいことがありますので、これをご覧になりましたら
お手数ですが、投稿ページにお好きな半角英数文字での
パスワードを残していただけませんでしょうか。
改めてご案内させていただきますので、宜しくお願いいたします。

どうやらギター演奏はセミプロだろうと想像している。
語学力もあり、なかなか知的レベルの高い方だとも思う。
そんなブログ読者のcausalさんが、ときどきコメント欄に
推薦楽曲を残してくださる。

昔、日本では「霧のカレリア」という曲で良く聴かれた曲がある。
原曲はロシアだそうで、ロシア語で歌われた原曲の情報を残して
くださった。早速聴いてみたのだが、ロシアに憧憬を宿す私にとって
とてもノスタルジックなので、掲載してみた。

causalさんの説明によると
(引用開始)
① 霧のカレリア
カレリア(Karelia)は、フィンランドの南東部からロシアの
北西部にかけて広がる森林と湖沼の多い地方の名前。
スプートニクスの演奏でヒットしました。
KARELIA(霧のカレリア)/ザ・スプートニクスThe Spotnicks
https://www.youtube.com/watch?v=F3OmvlYeXLI

原曲は「御者よ、馬を急かすな! 」と言うロシア民謡のようです。
Олег Погудин - Ямщик,не гони лошадей
https://www.youtube.com/watch?v=gb1x-pmYBRs
https://www.youtube.com/watch?v=8SALcU72uY0
(引用終了)

ザ・スプートニクスの霧のカレリアといっても、
おそらくは60歳以上の方でないと、チンプンカンプンだろう。

高校生の時、五木寛之の作品「青年は荒野をめざす」を読んだ。
もうぼんやりとしか憶えていないが、ジャズを演奏する青年が、
ロシア大陸を横断し、北欧に向かうという設定だったように思う。

自分自身がちょうどジャズに熱中していたこともあり、夢中で読んだ。
シベリアなど行ったこともないのに、荒涼とした、そして吹雪の
吹き荒れるシベリア地帯が、原風景だと感じている。

共産主義国家であるロシアだが、何本かの映画作品と小説を介し、
モスクワやレニングラードという都市を、実際に目にしてみたいと、
ずっと思っていた。
まあ、行く機会は訪れないだろうとは思っている。

数ヶ月前、パリのセーヌ川から始まり、セーヌ川で終わる
実に不思議な映画を観た。
アンジェラ/ANGEL-Aというタイトルで、読んでお分かりのように
天から地上に追い出された「天使」である女性と、自殺願望の
男性が繰り広げる、なんとも不可思議なストーリーだ。

セーヌ川を航行するバトー・ムッシュには残念ながら乗船したことがない。
ロンドンも好きだが、パリは独特のシックな雰囲気が好きだ。
もう何十年も前になるが、「ポン・ヌフの恋人たち」という映画を観て、
ますますパリが好きになった。

街灯も橋も、すべてが作品のような趣であり、神経が安らぐ。
過去に、フランス人女性と個人的に接触する機会はなかったが、
私のような不器用で、気の利いたことを言えず、
口数の少ない、日本人男子の典型のような人間には、
とても手には負えないだろうと、直感的に思っている。

離婚したてのフランス人女性は、落ち込むどころか
「さあ、もっといい男を見つけるぞ」と張り切るのだそうだ。
何で読んだか憶えていないが、あの類いの強靱さにはとても
対応できそうもない。

やはり徹底的に人間関係が苦手な私なので、以心伝心というか、
面倒な説明を省いても、不平をいわない女性が相手でないと、
うまくやっていけないと確信している。
もし私が外国人女性と結婚したら、一週間で離婚されると、
断言する女性が存在した。
国際結婚をしないで、良かったと安堵している。

ずいぶん支離滅裂な記事になってしまったが、
まあいうなれば、私の人生そのものが雑記帳のようなもので、
種々雑多なことに関心を持ち、好奇心を感じ、あれやこれやと
思い巡らす性質なので、寛容にお読みいただきたい。

久しぶりに一日中、クシャミと鼻水が止まらなかった。
悲惨な一日だった。


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by hirune-neko | 2016-05-19 01:37 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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