血液検査のデータに驚いているDiana Krall-Guess I'll Hang My Tears Out To Dry いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。 母の肺がんは、およそ10年ほど前、ペースメーカーの 手術をした病院で、見つかっていた。 退院後は、近くの病院で定期検診を受けていたが、 年を取るとがんの成長は遅い、といわれ安心しきっていた。 肺から脳に転移しやすいということは、最近知った。 昨年の12月に脳に転移した腫瘍が見つかり、あっという間に 症状が悪化していった。 本人も私も、抗がん剤治療はしないと決めていた。 12月から真っ先に、「トランスファ−・ファクター」という 抗がん効果のある、牛の初乳から抽出したサプリメントを 服用させた。 次いで、3月からは酸素水とフランスキクイモの両方を 身体に入れるようにした。 酸素水とフランスキクイモの組み合わせで、腫瘍の縮小実績があると 聞いていた。 酸素水とフランスキクイモを扱っているKさんから、 血液検査をしてデータを送ってほしいといわれ、 関係者の方にお願いしていたが、今日、主治医の先生から電話があり、 3月25日と5月13日の2回分の検査データを送ってもらった。 ファックスの転送を受けたKさんから電話があり、 検査データを見たが、3月から5月にかけての数値を見ると、 白血球、赤血球、リンパ球の状態は好転しており、 腫瘍マーカーも改善しているという。 よって、脳腫瘍も縮小しているはずだと説明を受けた。 驚いたものの、希望の明かりが灯ったような感じだった。 早速、母に電話してそのことを告げた。 「希望を持って、このまま踏ん張りなさい」といったのだが、 突然笑い出して「もう何歳だと思ってるの?」と言われた。 確かに、いたずらに生き続けたとしても、そのことだけに 大きな意味がある年齢ではない。 しかし、なんとか最新作の短歌に、陽の目を見てほしいと思う。 遠距離介護というのも、独特の疲労があるものだ。 関係者の皆さんやボランティアの方々は、実に親身に接してくれている。 私が最期を迎えるときに、こんなに手厚く接してもらえるだろうか。 おそらくは、ひっそりと静かに過ごすことになるだろうと思う。 再び、「亡命者」という言葉を思い出し、噛みしめている。 社会の一員として存在しながら、実質的には社会とは一線を画し、 傍観し、客観視し、形あるものは何も残さず、足跡も残さず、 人知れず、ひっそりと生きていける環境を望んでいる。 そんな環境を目指して、今はかなり無理を重ねて仕事をしている。 そういえば、30代の頃の愛読書だったブライアン・フリーマントルの チャーリー・マフィンシリーズに「亡命者はモスクワをめざす」 というタイトルの作品があった。 ロシアには一度も足を踏み入れたことはないが、どいうわけか モスクワ、レニングラード(今はサンクトペテルブルク)、そして シベリアの広大で荒涼とした地平線を、一度はこの目で見てみたいと 今でも思っている。 おそらく理想の生き方と最期のシーンは、妄想の赴くまま 取材旅行を重ね、短編か中編か分からないが、一定の読者に支えられた 作家として著作活動を続け、そのまま息絶えることだと思っている。 もともと無国籍人間であることを自覚しているので、どの国に行っても 疎外感を感じることはないだろうと思う。 そのせいなのかもしれないが、いくつもの外国語に対する 学習意欲が途絶えることはない。 相変わらず自由時間の乏しい毎日だが、仕事と並行して、 好奇心や向学心は大切にしたいと思っている。 本当は実年齢には触れたくないのだが、とてもとても 65歳になってしまっている人間が、思い描くことを許される 構想だとは、とてもとても思えない。 でも、確かにそれが自分の生きる原動力になっていると実感している。 救いようのない人間だと、自覚している。 いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。
by hirune-neko
| 2016-05-17 01:25
| 創作への道
|
Comments(0)
|
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
記事ランキング
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 昼寝ネコのプロフィール
・1951年
小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。 ・1969年 中央大学経済学部入学 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。 ・1974年 同大学卒業 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。 ・2006年 現在に至る プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。 ・2010年 宇宙の旅 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。 ・現在 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。 お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||