昼寝ネコの雑記帳

音楽を聴く習慣から講話に変えてみた


Astor Piazzolla - Ave Maria / Tanti Anni Prima - Oboe and Violin

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ウォーキングの時は、必ずピアソラを聴くのが習慣化していたが、
今日はiPodにコピーした「講話」を聴くことにした。
聴きながら、文字で読むよりも印象が鮮明のような感じがした。

話していたのはアメリカ人女性だったが、日本語の通訳で
約40分間の間、ずっと聴きながら共感したり
考えさせられたりだった。
ピアソラの音楽とはまた別の刺激を与えられた。

何にでも、表象があり本質がある。
興味や関心を持つ対象や執着してしまう対象がある。
同様に、誰の人生にも若い時代があり、いつかは壮年、
そして人生の晩年を迎えることになる。

何に価値を求めるかは人それぞれなので、一概にはいえない。
しかし、今日聴いた講話からは、改めて考えさせられた。
私自身の考えと違うというより、根底で共有できる価値観だが、
私はただ口先だけで述べるだけなのに対し、この女性は実践している。

勇気づけられたのは、世の中から認められず、逆に疎んじられても、
自分の信念を貫くならば、いつかは分からないが、
達成感を感じられるだろう、という部分だった。

夕刻、昨日の私のメールを読んだ三男から電話があった。
仮に母体の政党がどうであれ、医療現場の第一線の人たちは
純粋に、真摯に患者さんに接しているのではないか、
という意見を伝えたかったようだ。

余命三年時事日記も、外患罪も官邸メールも目を通したようだ。
驚いたことに、かつてお騒がせした
「新刊『余命三年時事日記』は出版史上最悪の書籍である」
という私の記事も読んだそうだ。

子どもたちはそれぞれ、社会人として積極的に生きている。
親の口からいうのもどうかと思うが、よく努力していると思う。

自分の実年齢を考えると、正直いって現実を直視することになり、
一体あとどれぐらいの時間が、自分の人生に残されているのか、
ある種の不安を感じる。
飛行中に燃料タンクが空になってしまい、失速したまま
人生を終えるのではないかと思うこともある。

でも、これまでの生き方を方向転換するつもりはないし、
自分の信念に殉じようという思いを、新たにしている。
私が不在になっても、継続していけるような仕組みまでは
なんとか作り上げたいと願っている。

今日のウォーキングは、少しセンチメンタル・ジャーニーだったようだ。


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by hirune-neko | 2016-05-13 01:48 | 心の中のできごと | Comments(4)
Commented by causal at 2016-05-13 09:40 x
>仮に母体の政党がどうあれ…純粋に、真摯に患者さんに接しているのではないか…。

長い事その病院で勤務を続けていれば、遅かれ早かれ政治が
頭をもたげて来る状況に、直面するかも知れませんね。
共産党員の医者が出世コースに乗るだとか、災害時の緊急搬送された患者に対してのクラス分け-トリアージ(治療の優先度の選定)において共産党員の患者を優先するとか…。

お子様も先刻ご承知だと思いますが。
失礼致しました。
Commented by hirune-neko at 2016-05-13 16:17
causalさん

コメントを有難うございました。

国内政治・国際政治の世界は難解な高次方程式のような
印象で、容易に説明できません。
ただ、「数に依頼む」ために、種々のプロパガンダ工作や
印象操作は日常的に行われていると判断していますので、
常に実態を洞察できるように、と考える人が
一人でも増えれば、健全な国に近づくのではないでしょうか。

まずは疑問を持って、自分で調べ、考える、という
指向性を持つことを勧め、有益と思われる情報を
提供する、という機能を構築して行ければいいなと
考えています。
予算ゼロ、スタッフゼロという、まさに無謀な構想ですが
長期的に見れば、賛同者を多少は確保し、例えば
レファレンスサービスのような形で、低額・有料の
サービスを提供することで、賛同者の経済的な基盤を
構築できるようになるのではないだろうかと、
希望的・楽観的な考えを持っています。

でも、情報・知識・知恵・感性・洞察力の面で、
個人の存立基盤を固めるというのは、現在の日本で
必要とされていることだというのが、ある種の信念です。

今後も、楽曲並びにお知恵をお貸しくださいますよう
引き続き宜しくお願いいたします。
Commented by 日本晴れ at 2016-05-15 15:38 x
>勇気づけられたのは、世の中から認められず、逆に疎んじられても、
>自分の信念を貫くならば、いつかは分からないが、
>達成感を感じられるだろう、という部分だった。

確かに、人間というものは「社会的」な生物ですから、たとえ‘アウトサイダー’でも (物質的には) 何らかのかたちで社会と関わって/折り合いをつけて生きていることになるのでしょうね。 世の中に認められることのメリットとデメリットは個人差があるので、名誉欲等の価値観の問題でしょうね。
達成感は幸福感の一部であるのでしょうかね⁉︎ 達成感を味わう=達成する為には目標が前提。そして、目標を持つ為には目的が必要ということでしょうか。
多分、現代の生活スタイルでは、人間が必要に「考え」過ぎてしまう傾向になるような気がします。「考えない」時間とか「感じたり動いたり」することの必要を自省しています。 いつも書き殴りの駄文で恐縮です。
Commented by hirune-neko at 2016-05-15 23:37
日本晴れさん

そうですね。経験則なんですが、考えよとして思い浮かぶのと
自然に思い浮かぶのとは、本質的に違うような気がします。
考えようとした時点で、視野に枠がはめられてしまいますので
視野の外からは何も入ってこられないと思います。
ぼんやりと、とりとめもなく思い巡らしていると、
本質的なことが思い浮かぶ、ということがよくあります。
そこに感性力が働くような気がします。

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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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