昼寝ネコの雑記帳

マッキントッシュ〜マック〜アップル〜ジョブズ


Reflections in D • Bill Evans

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「マック」と聞いて思い浮かべるのは、マクドナルドだろうか。
それとも、アップル・コンピュータの「マック」だろうか。

今から30数年前、仕事でアメリカの、とある地方都市に行った。
現地の仕事仲間のアメリカ人男性が、空港まで迎えに来てくれた。
いつもなら彼の家に直行するのだが、寄りたいところがあるという。
寄った先の事務所では、男性が待機しており、事務机の上に
果物ナイフと、見栄えが異なるリンゴが何個か置かれていた。

挨拶もそこそこに、待機していた男性は少々ぎこちない手つきで
リングの皮をむき始めた。
そして、私の仕事仲間にひとくち試食させた。

二人のやりとりを、怪訝そうに見ていた私にお構いなく、
二人は会話を続けた。
数個のリンゴはすべて種類が異なり、その男性の趣味が
リンゴの栽培で、いろいろ味見していることが分かって来た。

「これがマッキントッシュなんだ」

そこで初めて、私は「マッキントッシュ」が、
りんごの種類の名前であることを知った。
あの当時、私たちは「マック」と呼ばず「マッキントッシュ」と
呼んでいた。意味も分からずに。
そうか、りんごの種類の名前だったんだ。
だから今でも、マック製品にはかじりかけのりんごを
ロゴマークに使っているんだ・・・そういうことだ。

アップル・コンピュータの創業者は、スティーブ・ジョブズ。
かなり個性的な人物だったようだ。
私のデスクトップパソコンはiMac、ノートパソコンはMacbook Pro、
携帯はiPhoneでデバイスはiPadという具合で、すっかり
ジョブズの遺品にお世話になっている。
畏敬の念でジョブズを見ていたが、今はすでに故人となっている。

今朝、珍しく次男が、仕事に関係のないメールを送ってきた。
開くと、「スティーブ・ジョブズ氏の最後の言葉」というタイトルだった。

死の床に伏したジョブズが、自分の人生を振り返っての人生観を
率直に述べている。
読んでみたが、共感する部分が多かった。
人生には何が一番大切か、死後の世界にまで持って行けないものは何か。
おそらくは、常に前方のみを見つめて突っ走っていただろうと思われる
ジョブズが動きを止め、身動きのできないベッドの上で考えたこと。
私があれこれ評論するより、少し長いのだが、興味がおありになる方は
是非お読みになり、参考にしていただければと思う。

【以下、次男からのメールをそのまま転載】

アップル創業者/スティーブ・ジョブズ氏の最後の言葉

 私は、ビジネスの世界で、成功の頂点に君臨した。他の人の目には、私の人生は、成功の典型的な縮図に見えるだろう。しかし、いま思えば仕事をのぞくと、喜びが少ない人生だった。

 人生の終わりには、お金と富など、私が積み上げてきた人生の単なる事実でしかない。病気でベッドに寝ていると、人生が走馬灯のように思い出される。私がずっとプライドを持っていたこと、認証(認められること)や富は、迫る死を目の前にして色あせていき、何も意味をなさなくなっている。この暗闇の中で、生命維持装置のグリーンのライトが点滅するのを見つめ、機械的な音が耳に聞こえてくる。

 神の息を感じる。死がだんだんと近づいている・・・。

 今やっと理解したことがある。人生において十分にやっていけるだけの富を積み上げた後は、富とは関係のない他のことを追い求めた方が良い。もっと大切な何か他のこと。それは、人間関係や、芸術や、または若い頃からの夢かもしれない。終わりを知らない富の追求は、人を歪ませてしまう。私のようにね。

 神は、誰もの心の中に、富によってもたらされた幻想ではなく、愛を感じさせるための「感覚」というものを与えてくださった。私が勝ち得た富は、私が死ぬ時に一緒に持っていけるものではない。私があの世に持っていける物は、愛情にあふれた(ポジティブな)思い出だけだ。これこそが本当の豊かさであり、あなたとずっと一緒にいてくれるもの、あなたに力をあたえてくれるもの、あなたの道を照らしてくれるものだ。

 愛とは、何千マイルも超えて旅をする。人生には限界はない。行きたいところに行きなさい。望むところまで高峰を登りなさい。全てはあなたの心の中にある、全てはあなたの手の中にあるのだから、世の中で、一番犠牲を払うことになる。

 「ベッド」は、何か知っているかい?シックベッド(病床)だよ。

 あなたのために、ドライバーを誰か雇うこともできる。お金を作ってもらうことも出来る。だけれど、あなたの代わりに病気になってくれる人は見つけることは出来ない。物質的な物はなくなっても、また見つけられる。しかし、一つだけ、なくなってしまったら、もう一度見つけられない物がある。

 人生だよ。命だよ。手術室に入る時、その病人は、まだ読み終えてない本が1冊あったことに気付くんだ。

 「健康な生活を送る本」

 あなたの人生がどのようなステージにあったとしても、誰もが、いつか、人生の幕を閉じる日がやってくる。あなたの家族のために愛情を大切にしてください。

 あなたのパートーナーのために

 あなたの友人のために。

 そして自分を丁寧に扱ってあげてください。

 他の人を大切にしてください。

スティーブ・ジョブス
1955年2月24日 - 2011年10月5日

【以上、次男からのメール引用終了】


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by hirune-neko | 2016-04-24 00:43 | 心の中のできごと | Comments(4)
Commented by きいろ香 at 2016-04-24 12:07 x
こんにちは。
スティーブ・ジョブズもあの世で成仏出来たでしょうか。
最後の言葉を読んで、そうだと良いと思いました。
亡くなる間際に気付いた事が、きっと沢山あったと思います。

日本では、亡くなる事を『成仏する』と言いますが、本来は「煩悩から解放されて仏陀に成る」事を指します。
ですが、生きている人間が煩悩から解放される事は、厳しい修行を積んでも難しい事です。
死んでやっと煩悩から解放される、仏に近づける、という事から、こう言われるようになったのでしょう。

マッキントッシュがリンゴの名前とは知りませんでした。
私は大阪ですので、マックと聞くと、真っ先にマッキントッシュですね。
なんと言っても大阪でマクドナルドは、「マクド」ですから( ̄▽ ̄)
Commented by hirune-neko at 2016-04-24 14:37
きいろ香さん

ジョブズは、生への穏やかな訣別と同時に、
死の受容という心理状態を味わって、
他界したように思います。
ある意味では、何かを悟れたように思います。

そうでしたね、確かに大阪ではマクドでしたね。
なんとなく河内弁風に聞こえます。
Commented by きいろ香 at 2016-04-24 18:06 x
昼寝ネコ様

初期仏教では、悟りを開く=煩悩からの解脱であり、輪廻思想の無限ループから脱出できた事を意味します。
輪廻とは、何度も生まれ変わることです。
ですが、仏教では生まれる事も苦とされます。
つまり、輪廻とは苦しい事であり、この世に生まれる事が修行なのです。
悟りを開いて仏に成る事で、もう生まれ変わる事がなく、無限のループから抜け出る事が出来るという考え方なのです。

もし、スティーブ・ジョブズが死ぬ間際に悟りを開く事が出来たなら、もう生まれ変わって苦しい修行をする必要は無くなったと思います。

河内弁の違いが分かるのですか?
さすが、大阪が鬼門なだけありますねw
私は大阪市の出身で、最近は殆ど聞かなくなりましたが、母や祖父母は船場ことばを話していました。
大阪は商売にシビアなので、営業活動もままならない事もあると思いますが、理解して貰えたら長い付き合いになる事が多い風潮があります。
地道に頑張ってみて下さい。

ただ、ご存知とは思いますが、大阪は大阪民国と揶揄されるくらい在日が多い地域ですので、その辺りにはご注意下さい。
Commented by hirune-neko at 2016-04-24 18:32
きいろ香さん

 仏教に関する解説を有難うございます。もともと、各宗教の発生史や、それぞれ前世・現世・来世をどのように捉えているのかに興味があるのですが、なかなか勉強する時間が確保できないままでいます。なので、勉強になりました。なんとなくではありますが、感覚的に掴めたような気がします。

 そうですか、そういえば大阪民国っていわれてましたね。諦めずに、関西営業に再チャレンジしてみましょうかね。誰かがいっていました。関西で営業するときは、弱音を吐いて同情を引くのがポイントだって。本当でしょうか?契約がひとつも取れないと、キャットフードしか食べさせてもらえないんですよ、なんていったって「ああ、そうでっか、そらぁお気の毒でんなぁ」でおしまいでしょう。
 でも、連戦連敗からほぼ十年になりますので、いつまでも苦手意識を持たず、コンタクトしてみようと思っています。蔭ながら応援してください。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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