昼寝ネコの雑記帳

泣いた赤鬼、もらい泣きする青鬼


Astor Piazzolla - Remembrance

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 ○Weeklyみるとす創刊準備号8 2016.03.05発行
http://www.family-intelligence.com/index.php?go=s2yQ5y
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昨年の12月、病院から母の治療法について説明したいといわれ、
札幌に行って1週間ほど、母の家に滞在した。

何日目かの夜、雑談していたときに母が洩らした言葉に
つい反応してしまった。

「私はずっと不幸な人生を送ってきた」

そうなのか。何人もの親切な人たちが入れ替わり立ち替わり、
親身に立ち寄ってくれているし、穏やかに暮らしているのに、
それでも不幸だと思ってるんだ。
つい、いってしまった。

「そんなに不幸だと思うなら、自分の人生を呪いなさい」

私のその言葉を聞いた母は、今、本当に不幸な気持ちになったと
訳の分からないことをいい、空気が冷え切ってしまった。

*  *  *  *  *  *  *

今日、ウェブカメラにアクセスし、居間の様子を見てみた。
何人かの人たちの姿が映った。
一組の夫婦は、包丁の手許が怪しくなった母の代わりに、
サツマイモを棒状に切っている。
干しイモは千葉産だったか茨城産のサツマイモでないと
うまく仕上がらないという母が、私に送りたいといったのを
受けて手伝ってくれている。

もう一人の女性は、今日、家庭訪問医とケアマネージャーが
キャンセルの意思を確認しに来るというので、心配して
立ち会いに来てくれた方だ。

事前に打ち合わせたかったので、電話をかけた。
立ち会いの女性と簡単に話し終え、母に代わってもらった。

後を引き継いでくれる、知人のケアマネージャーが、
あれこれ手配に奔走してくれていることや、
何かいわれても、全て息子が、息子がと、私のせいにするように
念を押した。

すると母が突然涙声になり、たくさんの人に親切に接してもらい、
晩年になって、幸せな人生だと思うといい、嗚咽が漏れだした。
周りの皆さんも、その様子を目にしていた。

改めて、どんな人生だったかは晩年の最期の最期に決まると思う。

世の中は広いので、いろいろな考えや生き方の人が存在する。
しかし、長い年月を経ていると、類は友を呼び
共鳴・共感できる人たちが、周りに集まってくるものだ。

私自身は、個の存在である一人の人間が、大地に根を下ろし、
偽りを語り、誤った方向に導こうとする人を避けられる、
感性や直感力を持ってほしいと心から願っている。
誰でも失敗をするし、間違った選択をしない人間は存在しない。
人は正しく選択できるようになるために、失敗を繰り返す。
願わくば、人生の終盤に近づくほどに、賢明な選択ができる
人間になってほしいし、私自身もそうなりたい。

賢明な選択は、自分個人の価値観や人生観だけでなく、
共通の生存基盤である社会に対しても、不可欠な要素だと思う。
社会構造は複雑で広範にわたるので、個人一人の力だけで
すべてを視野に入れ、把握することはまず不可能だろう。

今の日本を客観的に見ていると、類は友を呼ぶが如く、
共有・共鳴できる理念・価値観の人たちの集合が進んでいる。
永年にわたって隠蔽されていた悪計が露呈し、次々と
氷壁を突き破って人目に晒されるようになっている。

社会に対する監視の眼が、確実に増えていることを実感している。
文字通り、純粋無垢な連帯感が、自然発生的に日本全体を
覆い始めていると感じている。

母のように、幾多の困難を乗り越え、最終的には
とてもいい人生だった、と感じられるような、
そんな国に、日本が再生されてほしいと願っている。


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by hirune-neko | 2016-03-05 23:48 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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