昼寝ネコの雑記帳

人間は何歳まで、夢を持ち続けてもいいのだろうか


Astor Piazzolla - Los sueños

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小さいお子さん二人を抱えているので、外出がままならず、
仕事に就くことができないお母さんがいる。
ご縁があって、在宅で受注データの処理をお願いしている。
何度も確認のメールのやりとりをし、深夜近くに、サイトに掲示できる
Excelデータ作成が終わったという連絡があった。

明日から実家に帰省し、数日留守になると聞いていたので、
その前に頑張って仕上げてくれたようだ。
お礼のメールで以下の文章を送信した。

(メール送信文のコピー開始)

はい、お疲れさまでした。
私も連日処理案件に追われていて、
これからようやくブログ記事を書きます。
全国数千万人の皆さんが楽しみにしていますので。

この調子でファン読者が増えていけば、いずれは
ミリオンセラー作家、そして最終的には
ノーベル文学賞というコースを歩むのではないでしょうか。

まあ、人間いくつになっても希望を失わない人生を
生きていきたいものです。

(メール送信文のコピー終了)

勢いでつい、希望を失わない人生なんて書いてしまったが、
そういえば、夢とか希望とかいう言葉は、
今日ではすでに、死語になっているのではないかと
ちょっぴり寂しさを感じる。

どうしても言葉に拘ってしまうのだが、本当の意味で
夢とはなんなのか、そういえば改まって考えたことがない。

91歳の母は、癌細胞が肺から脳に転移し、闘病中だ。
訪問医の先生やヘルパーさん、何人ものボランティアの
皆さんにお世話になり、ある意味では幸せな晩年だと思う。

そんな母でも、この病気は治ることはない、とか
段々悪くなる一方だなどといわれたらしく、とても悲しかったと
電話口で洩らしていた。

たまたま札幌に旧い友人がいて、ケアマネージャーの仕事をしている。
母の担当ではないが、地元の教会の何人もの方をボランティアとして
手配してくださり、いろいろな専門的アドバイスをしてくれる。
有難いことだ。
中学・高校の同期生が北大の医学部を出て、札幌で医師をしている。
かなり以前だが、わが家に居候していた高校の後輩が、
千葉大の医学部を出て、北海道で開業している。
何十年も会っていないが、実際に会ったら、「おい」なんて
呼ぶことはできないだろう。
「院長先生」と呼ぶのには違和感があるが、でもまあそうしよう。

同居中の義母も介護状態なので、なかなか母の住む札幌に行くことが
思うようにできていない。
なので、旧知の医師達に相談し、無理・わがままを聞いてくれる
家庭訪問医を紹介してもらった。
現在担当してくれている先生をキャンセルし、新しい先生にお願いする。
同時にケアマネージャーも、旧知の女性にお願いすることにした。

難題は母である。
せっかくお世話になっているのに、事を荒立てたくないという
いかにも大正時代風の思考パターンになってしまう。

「何度も訊くけど、日本では古来から、老いては誰に従えといわれてる?」
母は笑いながら
「子どもです」
と答える。

すかさずだめ押しをする。
「訪問医の先生やケアマネージャーの方は、葬式なんか出してくれないよ。
葬式を出す俺が、やりやすいように協力してくれない?」
「はい、わかった。お手数をかけますね」

つい数年前には、生涯作り続けた短歌から選び、
歌集を出版してやりたいと思っていた。
本人もその気になり、ノートや広告の裏面に書き溜めた
作品の整理を始めていた。
それも徐々に悪くなった体調のせいで、中断してしまっている。

人間は何歳になっても、なにがしかの希望を持っているように思う。
母は日本人の平均寿命をとっくに過ぎているが、それでも
改めて歌集出版の話を持ちかけ、希望を維持してもらうのがいいのかなと
考えている。

人生の終盤を迎え、仕事としての介護とは別に、
何人もの皆さんが、心からの奉仕の精神で時間と労力を持ち寄り、
母に対し親身に接してくれている。
痛みを伝える相手もなく、助けを求める相手もない孤独な晩年ではない。
90年以上培ってきた母の人格が、周りを親切な方々に囲まれる
環境を呼び寄せたのではないかと思う。

中断していた短歌の選定作業を、少しずつ再開することを
体調を見極めながら、勧めてみようかと思い始めている。
最終的に歌集が出版できなかったとしても、死の間際まで
努力目標と夢や希望を持ち続けたなら、
それで由としてもいいのではないだろうか、という気がする。


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by hirune-neko | 2016-03-04 01:20 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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