昼寝ネコの雑記帳

知らなかった。スペイン語とポルトガル語が似てるなんて


Ana Carolina - Eu Sei Que Vou Te Amar

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


仕事に追われており、未処理案件を減らすのと新規案件発生が
同時並行して拮抗している。

内緒の話だが、なんとかタガログ語、ヴェトナム語、スペイン語を
勉強したいと、ずっと思い続けている。
仕事でフィリピンやヴェトナムに行く予定がある訳ではない。
しかし、今は単語一つを覚える時間すら確保できていない。

ごく最近、二人の人からスペイン語とポルトガル語が似てる
といわれてしまった。
一人は日本人だが、もう一人はポルトガル人だ。
イタリア語とスペイン語が似ているというのは、まだ納得できる。
しかし、耳からの印象だけでしか判断できない私にとって、
スペイン語とポルトガル語は、かなり違うように聞こえてしまう。

ボランティアで、離婚し子どもを育てている、フィリピン人2家族の
担当を、日本人男性と一緒に受け持っている。
彼らは英語も話すが、タガログ語で話しかけられると、とても喜ぶ。
ただそれだけのことに過ぎないのに、タガログ語を学びたい。

ヴェトナム語学習の動機は少々希薄だ。
行ったこともないのだが、ほんの数人のヴェトナム人と知り合いになり、
とても感じがいい国民だと思っている。
一人はオランダに留学していた方で、語学のセンスがあり、
日本語も英語もそこそこ話す。
フランスの植民地時代があったはずだが、なんとなく
親近感を持っている。

スペイン語はなんといっても、ピアソラの作品が圧倒的に
スペイン語であり、意味がチンプンカンプンなのが
じれったくて仕方がない。

およそ1年半前に、ギター教室の門を叩いた。
先生が、どんな曲を弾きたいですか?と訊いてくれた。
はい、ピアソラのオブリヴィオンを弾きたいのと、
ボサノヴァの弾き語りをしたいです、と即答した。
オブリヴィオンは、発表会まで2か月少ししかないのに
ようやく最初の2段までを、たどたどしく弾けるように
なった程度なので、まったくお恥ずかしい限りだ。
これもやはり、時間的な制約がきつすぎるせいにしておこう。

ボサノヴァの弾き語りは、このEu sei que vou te amarを
目標にしている。
イパネマの娘は、英語だったら歌える。

もしかして、なんでも簡単に考えているのかもしれない。
なんでも実際に手を付けてみたら、奥が深いことを痛感する。
でも、チャレンジする前からとても無理だと思った瞬間、
可能性はゼロになってしまう。
なので、簡単に放棄せず、辛抱強く可能性を追求することを
基本姿勢にしているつもりだ。

それにしても、最近はブログにコメントを入れてくれる方が
増えてきている。
ずっと無反応を気にせず、マイペースで書き続けてきたが、
最初は、読んでいただいたり、コメントを残していただいて
励みになるので嬉しく思っていた。

何人もの方のコメントを読んでいると、なにがしかの共感や共鳴、
さらには共有していただいている部分があるんだなと、
そう思えるようになってきた。

独りで考え、独りで調べ、独りで方針を決定し、独りでサイトを作る。
そんなサイクルで、ファミリー・インテリジェンスについて
模索してきた。
しかしすでに、何人もの方が協力を申し出てくださり、
貴重な時間を費やして調査結果を報告してくれている。

政治ブログではないものの、ときどきは国家安全保障の観点から
自分の考えを述べている。
このブログを起点として、いずれ会員制のみるとす登録人数が、
それなりに増大していくことを想定している。
研究員も増え、研究所からの情報発信量も増えていく前提がある。
実態開示を不都合に思う企業や団体は、新聞・雑誌・テレビ・ラジオ
などの報道機関に対して行っているように、
広告や協賛提供を持ちかけて、影響力を行使ししようとする可能性がある。
なので、最初から一切の企業協賛を受けないことを鉄則にしている。

ある自治体が私の提案に興味を示してくれている。
市長さんや市の担当部長さんへのレクチャーも終えている。
以前も市議会での質問で取り上げていただいている。
「みるとす」サービスを付加する仕組みになったため、
国の予算を確保できる方法があると考えているらしく、
来月の市議会で改めて取り上げてくれると聞いている。
有難いことだ。

どの自治体も、国が予算を交付する案件だとなると、
採用が増えるだろうと皮算用している。
要は、少しでも多くの家庭に、マスメディアに遮断されている
実態情報を公開情報から選定して提供し、判断力を養って
いただくのが私たちの目的だ。

ほぼ基本構造は出来上がっているので、あとは主旨に賛同し
協力してくださる方を増やして行きたいと考えている。


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by hirune-neko | 2016-02-24 00:26 | 心の中のできごと | Comments(6)
Commented by 祐助 at 2016-02-24 02:39 x
スペイン語とポルトガル語が似てるのは方言みたいな感じですか。
元々が古代ローマで使われていたラテン語の派生で、それがロマンス言語ですから。当然イタリア語もフランス語も同系列となります。

Eu sei que vou te amar 私はこう言うよ、あなたを愛してる。

間違ってるかもしれないなぁ恥ずかしい。、
Commented by 日本晴れ at 2016-02-24 11:10 x
おはようございます。
外国語の知人が出来たり外国へ行くと、挨拶程度でもそのお国の言葉をしゃべるだけで、相手からの印象もかなり違ってきますよね。
イタリア語などラテン系の言葉はカタカナ発音に近く、文法は英語と互換性があるので、日本人にも比較的修得はし易いのかも。
スペイン語とポルトガル語は、個人的な印象からすると、「中国語の地方間での方言の差」程度に互換性が高い感じがします。

「スペイン語 ポルトガル語 違い」
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E8%AA%9E+%E3%83%9D%E3%83%AB%E3%83%88%E3%82%AC%E3%83%AB%E8%AA%9E+%E9%81%95%E3%81%84&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

ポルトガル人 - ウィキペディアより
ポルトガル語がラテン語に由来することから分かるように、ポルトガルの文化は古代ローマからかなりの影響を受けている。多くのヨーロッパ諸国と同様、ポルトガルにも他のヨーロッパ人との混血が過去にも現在にも存在する。一般的なポルトガル人は黒い髪と茶色の目と褐色になりやすい肌を持つが、白い肌に明るい髪と碧眼を持つ人もかなりの割合で存在する。

スペイン人 - ウィキペディアより
スペインという国の成立は、西欧主要国の中でも比較的古い部類に入る。
しかしスペイン人という民族グループの成立は、統一の立役者としてスペイン人を自負するカスティーリャ王国の住民と、その過程で失われた国々(カタルーニャ君主国、ナバラ王国など)の住民という対立軸から、今日に至るまでスペイン国民全体を纏める存在にはなり得ていない。
またスペイン人(カスティーリャ人)の間でも、初期からのカスティーリャ王国住民と、後々に併合された国(アラゴン王国・レオン王国)や、レコンキスタが完成するまでの長期間をイスラム圏で過ごしたアンダルシア地方の住民とで、文化的な対立が存在している。

‘ファミリー・インテリジェンス’プロジェクト、着実に進んでいるようで、何よりです。
風邪、インフルエンザが流行期に入っているようです。精力的なお師匠もあまり無理をなさらずにご自愛ください。
Commented by hirune-neko at 2016-02-24 12:07
祐助さん

解説を有難うございます。言語由来に関しては何も知りませんので
参考になりました。
祐助さんは、ポルトガル語を理解されるんですね。凄いですね。
意味はその通りだと思います。
最初は曲想がいいなと思ったのですが、歌詞の意味を調べて
あまりにも濃厚な愛情表現に、戸惑ってしまいました。
とても日本語の訳詞では人前で歌えそうもありません。

いつもコメントを有難うございます。
Commented by hirune-neko at 2016-02-24 12:25
日本晴れさん

コメントを有難うございます。
いつもいろいろ教えていただいて、自分も博識になったような
錯覚に陥っています。

高校のとき、徹底的に学校をサボりましたし、
とくに世界史や日本史の授業が退屈で、他のことをしていましたから、
常識レベルのことがよく分かっていないんです。
ですから、いろいろ説明してくださり助かっています。

昨日から考えていました。
研究所は、将来に向けてのセキュリティの関係で、登録時には
詳細な情報、国籍、帰化歴まで記入をお願いしています。
ですから、ブログ読者の皆さんに対しては、公開質問という
軽いスタイルにしておき、研究員として登録した行くなったら、どうぞ
というスタンスがいいかなと思っています。

ただ、世の中がハードランディングに向けて動き出すと、
やはり一般の方への緊急情報伝達機能の仕組みがあった方が
いいように思っています。
みるとすは、氏名、メール、電話、居住都道府県の開示を
していただいていますが、昨日でちょうど20家族が登録されました。
このブログでご覧になった皆さんだと思います。

余命の投稿開示でも、取捨選択でかなりの作業量だと思います。
投稿が虚偽であったり、意図的誤誘導の可能性もありますので、
なかなか判断が難しいですね。
Commented by hirune-neko at 2016-02-25 12:19
日本晴れさん

今日も連続投稿を有難うございます。
とても参考になっています。
でも、ご自分の仕事はちゃんとしていらっしゃいますか?
ふと心配になってきましたが、大丈夫でしょうか。
Commented by hirune-neko at 2016-02-26 00:57
日本晴れさん

このコメントをご覧になられましたら、以下の対応をお願いできますか?

ご案内したいページがあるのですが、一般公開できないため
パスワードを設定したいと思います。
ですので、まずは半角英数のお好きなパスワードをお決め下さい。
お決めになったら、このページ内に「非公開コメント」として、
そのパスワードを残して下さい。
改めてこちらから、ご案内したいページのURLをお知らせします。

お手数をおかけしますが、宜しくお願いいたします。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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