昼寝ネコの雑記帳

誰かが噂をしているのではなく、花粉症の症状だったようだ


Bill Evans Trio with Symphony Orchestra (1966) - Granadas

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


ようやく仕事の遅れを取り戻しつつある。

鼻水、クシャミ、目のしょぼつき、突然の睡魔・・・
これらはどうやら、花粉症の症状のようだ。
どこで噂の主になっているのかと思い、あちこちに問い合わせたが、
ホワイトハウスでもクレムリンでも、私のことを知っている人は
一人もいないとのことだった。

退院してきた義母の部屋に、何度も様子を見に行った。
電動式のベッドは高低だけでなく、背中の部分も角度調節が自由だ。
ベッドの脇には、どこから見ても家具調の椅子があり、
誰が見てもポータブルトイレには見えないだろう。
ベッドの背中を少し傾ければ、身体を起こした状態で食事ができる
テーブルも用意されている。
外出用の車椅子があり、誰かが押してくれれば楽なものだ。
何か必要なことがあれば手許のボタンを押すだけで、誰かが来てくれる。
不謹慎な表現だと叱られるかもしれないが、晩年の生活としては
幸せな方なのではないだろうか。
ケアマネージャーの男性も感じよく、細かく気を配ってくれる。

とにかく独りで静かに暮らしたいと、いつも夢見ているので、
義母のライフスタイルが羨ましく思う。
できれば、窓越しに相模湾の水平線を見渡せて、自然光を浴びながら、
読書や考えごとに時間を費やすことができれば、至福の日々だろう。
贅沢をいわせてもらえるなら、感性と性格のいい知的なネコが
いつも一緒にいてくれれば、神経が休まるだろう。
一緒に散歩に行こうとせがむコーギー犬がいたら、無精者の私には
丁度いい健康法になるかもしれない。
仕事を引退できる身分になったら、どうやら湘南に居を構えるのでは
ないだろうかと、ぼんやり想像している。

晩年に一番希望している仕事は、できれば短編か中編作品を書くことだ。
普通よりは比較的、海外に行く回数が多い人生だったように思う。
今はもうそんな機会はなくなっている。

英国のスパイ小説家のブライアン・フリーマントルが、まだ新人の頃、
ジャック・ウィンチェスターという名で作品を書いていた。
邦題は「さらばスパイよ」だったと思う。
今では、著名になってしまったブライアン・フリーマントルの名前で
新潮文庫から出版されているはずだが、私が興味を持った頃は
まだジャック・ウィンチェスターの名で出版されていた。

かつての情報部員が引退し、老後を妻と一緒に静かに暮らしていた。
もう記憶が定かではないが、交通事故か何かで妻が急死し、
葬儀を終えて遺品を整理していたとき、不審なものを見つけた。
あれこれ調べるうちに、妻は自分を監視するために送り込まれた
情報部員だったと判明した。つまり、偽装結婚だった。

平凡な人生もあれば、長い時間をかけて創られた虚構の人生を
生きてしまう場合もある。

振り返ってみれば、自分の人生の全てのシーンが、なんの汚点もない、
誇らしげな瞬間の連続だったわけではない。
苦い失敗を経験し、また失敗を繰り返しながら大いなる時間の浪費をした。
世の中の裏面もずいぶん垣間見たような気がする。
自分自身の実体験と、映画の疑似体験が渾然一体となり、
人間の多面性に対する嗅覚が鋭くなっていると思うことがある。
自分自身、洞察力が増し加えられるよう普段から願っている。

ここ数十年、自己不信、自己嫌悪、自信喪失の
暗くて濃い闇の中を生きる時間が長かったように思う。

たった今思い出した。
かつて、ロサンゼルスに住んでいた日本人女性に、
現地の駐在員として仕事をお願いしたことがある。
何度もロサンゼルスに行くうちに、
アメリカの拠点として、ロスのウィルシャー大通りの近くに、
コンドミニアムを購入することになった。
そのとき、彼女から個人金融業を営んでいた
韓国人夫婦を紹介され、ローンを組むお世話になった。

何度も会う機会があったが、宗派は聞かなかったものの、
その韓国人夫婦はクリスチャンだとのことだった。
あるとき、奥さんが私にいった言葉がある。

「聖書では、人の罪を赦すよう教えられていますけど、
まずは、今あるがままの自分を受け容れ、
自分自身を赦すことが最も大切なんですよ」

なるほど、なかなかいいことをいうなと、感心したのを憶えている。
今ほど、日韓に横たわる諸問題を認識していなかったので、
彼らを信頼し、ロサンゼルス大地震で大変だったときも、
私の住まいを使っていいと申し出た。

人生はいつどこで、何が起きるか分からないものだ。
それが人生というものなのだろう。

私は個人的に、人間の心の動き、変化、人間としての変容、
憎悪を経ての和解、対立者の死後に判明した自分への誠意・・・
洞察力を働かせなければ見えないかもしれないが、
多くの疑似体験によって得られた感覚をもとに、
苦難の人を照らす光明、感情が溢れ出る感動の涙、
そのようなモチーフで、たとえたった一人の読者であっても
心に平安を取り戻し自分自身と和解し、人生に目標と
希望を取り戻していただけるきっかけになるような
作品を書ければいいなと、心底願っている。

そんなこんなで、毎月少なくとも、年金の数倍程度の
印税収入があれば、佳き人生かなと達成感を感じながら、
電動ベッドでネコと一緒に、クウクウと昼寝をできるのでは
ないだろうかと、実に甘く楽観的な夢を抱いている。

しかし、こうして夢物語を書き終えた瞬間、すぐさま
過酷な現実に引き戻されてしまっている。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2016-02-04 23:20 | 心の中のできごと | Comments(4)
Commented by 日本晴れ at 2016-02-05 13:54 x
お疲れ様です。

単なるいち読者が差し出がましいのですが、昼寝ネコ師匠は、短編にすごく相性が良いと感じています。 ご自身が「ほろ苦く」感じていらっしゃる人生は、随分とご苦労をされたのでしょうが、実際には凄く濃密で価値ある道程だったに違いないと察しております。 この豊かな人生経験に裏付けられた円熟した人生観と文章表現は、長編には濃密過ぎるくらいではないかというくらいの印象が、毎回ブログを拝読するたびに強まります。 遅ればせながら過日拝読させて頂きました既発書籍版が「昼寝ネコの雑記帳」の‘入門編’みたいな感じで様々なジャンルを網羅した内容であった一方、これまでブログに書き綴られてきた妙味溢れる文章は充分なボリュームに達しているでしょうから、今後出版される書籍版は、一冊毎に「小説編」・「音楽編」・「旅編」等の括り別で出版して頂くのも良いのでは、と思う次第です。

>ここ数十年、自己不信、自己嫌悪、自信喪失の
暗くて濃い闇の中を生きる時間が長かったように思う。

お師匠の「糊代」広い、癒し感溢れる文章からは想像し難いのですが、逆にマイルドで情感満ちた言葉の数々が、ハードでタフな時期を乗り越えられきたことの証なのでしょうか。

ここ最近は、正直、他のブログ以上に、ここの記事が更新されているのを目にする歓び・安心感を強く感じております。
Commented by hirune-neko at 2016-02-05 14:44
日本晴れさん

いつもながらお読みいただいた上に、コメントを残してくださり
有難うございます。
自分自身を客観的に見させてくださるので、有難く思っています。

書籍の続編についてですが、ご指摘のご意見に同感です。
日本晴れさんは編集者としてのセンスがおありですね。
なかなか鋭い視点であり、実務的にも十分通用する能力を
お持ちだと思います。

ずっと諸事に忙殺されていますが、数年前に2冊目を出版しようと
検討を始めました。
あれこれ考えたのですが、「昼寝ネコの雑記帳」は残して、
例えば、続・昼寝ネコの雑記帳 創作短編集 のような感じで
いいかなと思っています。

発刊後も、ブログに何編かの短編作品を残していますので、
推敲しながら選定し、という構想はあります。
出版リスクを軽減するために、電子書籍にしようかと考えたのですが、
やはり自分の作品となると、紙の本に愛着を感じますね。

現時点では、そのような程度であり、進展していません。
脳内がほとんど常に仕事モードですので、なかなか登場人物が
現れてくれないというのが、一番の難点です。
少しずつ考えておきます。
いつもコメントをいただいて、創作上の励みになっています。
有難うございました。
Commented by 薔薇姫s at 2016-02-05 20:12 x
今晩は。

短い物語の中に凝縮したものを…なんて思いましたわ。余韻の残る・・・
それは読者の内面を掘り起こしそうな・・・深く思索させるような…なんて勝手の思いました。
期待しております。
Commented by hirune-neko at 2016-02-05 21:46
薔薇姫sさん

短編作品を書くのが好きなんですが、毎日仕事に追われていますので、
なかなか思うように行きません。
関心を持ってくださる方の存在は、創作上の励みになりますので、
有難く思っています。
いつも有難うございます。
<< ブログ開始から10年目に突入・... 更新が6日間も途絶えている「余... >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
causalさんからの投..
by hirune-neko at 22:27
causalさんの投稿を..
by hirune-neko at 22:26
causalさん ..
by hirune-neko at 11:38
TEST また禁止語あり
by causal at 10:59
まめひろさん いろ..
by hirune-neko at 09:53
記事ランキング
以前の記事
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ