人生の最期に見る心象風景が、できれば穏やかであるようにAstor Piazzolla plays Piazzolla Bandoneon Concerto II.-Moderato いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。 遅れていた仕事案件が、かなり追いついてきたので、 少しばかり安堵の気持ちになり、心にも余裕が出てきたようだ。 何気なく窓の外に目を移すと、いつもの変わらない風景だったが、 ふと、人生の終わりに心の中に思い浮かべる情景は、 どのようなものなのだろうかと考えてみた。 91歳になった母や、もうじき93歳になる義母の最期の時が、 刻々と近づいているという実感があるため、人生を閉じる間際の 人間の心象風景に心が向いたのかもしれない。 母も義母も、どちらもそれぞれの苦難を生き抜いてきた。 おそらく、苦難を経験していない人は少ないのではないだろうか。 母も義母も、子どもは一人しかいない。 なので、われわれ夫婦には兄弟姉妹がなく、従って 甥とか姪が存在しない。 母と義母には私たち子どもがおり、四人の孫がいて、 何人かのひ孫もいる。 人生で、経済的に苦労する人、家族関係や人間関係で苦しむ人、 仕事で辛酸を舐める人、健康に恵まれず長期療養している人、 人生の風景は実に様々だ。 国が平安で穏やかな状況は、実に有難いと思う。 人はそれぞれ、自分自身の課題に取り組み、自分自身の人生を考え、 勉学心を維持し、趣味の時間を持つことができる。 そのような穏やかな水面の下の、一般の人の目が届かない場所で、 悪意に満ちた奸智奸計(かんちかんけい)が、徐々に勢力を伸ばしてきた。 ここ日本では、ある種の飽和点近くまで危険性が膨らんできていた。 私は、人間は変わることができる生き物だと思っている。 悪行を重ねた人でも、何かのきっかけで改心する可能性がある ということを受け容れられる。 人間の本質は、なるべく性善説で楽観視している。 しかし、国家間の奸智奸計は、あくまでも性悪説で捉えなければ、 相手に対して隙を作ってしまうのではないだろうか。 国家インテリジェンスの領域では、あらゆる可能性を想定して、 性悪説に基づいて判断しなければ、あっという間に国家は転覆させられる。 相手に対して、日本人ならそんなことをするはずがない。 なので、外国人だってそんなことをするはずがない。 他国が日本に対して軍事的な攻撃を仕掛けるなんて、妄想である、 という著名な評論家の発言を聞いて驚いてしまった。 憲法9条を守り、武装放棄し、戦争はしないと宣言すれば、 戦争は起きないし、他国から侵攻されることはない、という国会議員の 発言を聞いて、驚くより呆れてしまった。 この2016年が、果たしてどのような着地点に到達するのか、 私ごときにはまったく予測がつかない。 しかし、いろいろな危険性や危惧を指摘する人は、確実に増えている。 客観的に見ていると、穏やかで和を尊ぶ一般の方々にも、 ある種の危機感や驚き、腹立たしさは確実に拡がっているようだ。 声高に相手を罵倒する人は皆無ではないようだが、 一般の市井の人たちは、寡黙に耐えているように見える。 大声で叫ばない静かな戦闘はしかし、確実に始まりつつあるようだ。 武装し、第一線で戦う人の存在は必要だと思う。 しかし、現実的にはテロ行動は別として、国家間の戦争に限るなら、 全面的な武力衝突は、最終選択手段なのではないだろうか。 クラウゼヴィッツの「戦争論」という本は、内容が難解だそうだ。 学生時代は、とうとう読まないままで終わったし、最近刊行された 解説書すら、まだ読んではいない。 残念ながら、戦争メカニズムの知識も理解度もゼロのままだ。 正当性のない武力攻撃は、国際世論からの非難の対象となる。 しかし、自国の産油量を増大させ輸出量を拡大するならば、 国際原油価格はどんどん下落する。 原油で国家経済を成り立たせている国にとっては、国家財政が悪化し、 苦しい局面に立たされる。 石油などの資源だけでなく、同様に、戦略物資といわれる穀物も、 中央銀行の金利も、外国為替交換レートも、扱い方によっては、 相手国の財政状態を破綻に追い込み、国家を弱体化させることができる。 今や、武力戦争を仕掛けなくても、合法的な経済活動によって、 選択的に相手国を追い詰めることができる時代のようだ。 情報強者に育つ国民の数が増大するにつれ、日本国内で工作活動を 拡げようとする勢力に対しての、カウンターインテリジェンス機能は、 格段と高まることになる。 一国民ができることは限られるかもしれないが、政府が提出する 法案の是非についても、適切な世論喚起がなされれば、追い風になる。 日本を託すことのできる政治家や政党を、的確に選択できる人たちが 増えれば増えるほど、国家基盤は堅固なものになっていく。 今日、私は自分が最期の時に思い浮かべるだろう心の情景について、 ほんの短時間だが、吟味する時間があった。 子どもたちそれぞれは、懸命に自分の道を切り拓いており、 親としては、何も手伝うことはできないけれど、誇りに思っている。 私自身が、自分の経験を通して学んだことを、一人でも多くの方に 何らかの形で伝えたいと思っている。 押しつけるという意味ではなく、参考意見として聞いていただきたい、 そのように思うだけだ。 どのように受けとめ、選択するかは皆さんの自由なのだから。 永年、組織には帰属せず、所属したとしても付和雷同せず、 今日に至るまで、自分自身の考え方や感じ方を大事にしている。 自分自身にとって、失うこと、訣別することに苦痛を伴う対象は何か。 突き詰めて考えると、そんなに多くはないことに気づかされる。 一人でも多くのまだ見ぬ人たちのために、少しでも役立てるよう、 体力と気力を整えて奮起しようと、そのように思い続けることを大事にしたい。 何ごとにも執着心を持たず、真摯に何かを発し、それが誰かの心に 励ましや慰め、癒やし、共感として受けとめてもらえるなら、 これ以上に嬉しいことはない。 とまあ、殊勝な心境の一日だったが、そのような心の閃きは いつでも大切にしたいと、改めて再確認することができた。 いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。
by hirune-neko
| 2016-01-22 23:56
| インテリジェンス
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Comments(4)
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かや
at 2016-01-23 01:25
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洋の東西を問わず数か国の方々と知り合う機会がありましたが、個人個人は基本的に楽しみを追い求めていて楽しい方達でしたが・・・
これが遊びでもビジネスでも真剣勝負になると全く油断できないものでした。 外交になると当然自らの親族・故郷・民族その他の利益を最優先し、歴史を返りみても悪鬼にも成るので、諸外国との外交は極悪非道を相手にするつもりで事に当たるべきです。
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hirune-neko at 2016-01-23 01:54
かやさん
お久しぶりですね。 お読みくださり、またコメントを有難うございます。 おっしゃることには同感です。核心部分の判断ですが、それを どのように表現するかに苦心してます。 決して排斥ではなく、リスク管理だと思っているんですが、 あんまりのんびりもしていられませんので、迷っています。 いろいろご意見をいただければ助かります。 機会がありましたら、引き続き宜しくお願いいたします。
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薔薇姫s
at 2016-01-23 10:09
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おはようございます。
今日から寒波が厳しくなると言いますが、気温は流石に低くブルブルです。 最後は感謝して彼方に往きたいです。 還暦過ぎたらいつお迎えがきてもいいですが…まだやることがあるように思いますし・・・。希望成就に向けて進むのもいいですし・・・。
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hirune-neko at 2016-01-23 15:07
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・1951年
小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。 ・1969年 中央大学経済学部入学 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。 ・1974年 同大学卒業 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。 ・2006年 現在に至る プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。 ・2010年 宇宙の旅 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。 ・現在 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。 お気に入りブログ
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