昼寝ネコの雑記帳

気でも違ったかと思われるのを意に介さず言うが


Astor Piazzolla (1921 - 1992) "Milonga Del Ángel"

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普通なら公の場で言えるような内容ではない。
しかし、普段から直感や感覚を重要視しているので、
今日、心に強く感じたことを書き残したいと思った。

いわゆる「国家安全保障」の見地から、多くの方々が
日本再生の必要性を論じ、かなり具体的なテーマだけでなく、
現実的な手法も提示している。

これまで正面切って公表されず、従ってほとんどの日本国民が、
決して知ることのなかった危機的な状況、さらには
隠匿されてきた歴史的事実。
それらが、個人的な努力によって開示されるようになり、
加速度がついてかなりの人たちの知るところとなった。

これまで何度も紹介しているが、現在の「余命三年時事日記」
という名の個人ブログ、さらには新刊「余命三年時事日記」。
詳細は私が説明するより、ブログを閲覧するか新刊を手に取って
いただくのが手っとり早い。

誰もが、日本国家存立の危機と捉え、現在は多くの皆さんが、
積極的に「官邸メール」を発信し、改善を訴えている。
私の知る限り、これほどまでに一般国民の政治意識を高め、
危機的状況を詳細に開示し、意思表示への具体的な行動を促す
ブログサイトは、他になかったと思う。

私自身は、国家インテリジェンスを視野に入れつつ、
個人や家族のためのファミリー・インテリジェンスという手法を、
なんとか確立したいと考え、何年も悪戦苦闘してきている。

ブログ「余命三年時事日記」の最新記事は、ジェネリック薬品に
ついて実態を開示している。その前は、日本の医療、とくに
日本の精神医学界分野における特異な状況を報告している。
今では、読者の中から専門的な提案、意見、要望も多く寄せられ、
コメント欄にたくさん公開されている。

なるほど、非日本人や反日の人たちによって
これほどまでの不法な仕組みが構築され、
しかも既得権化しているのかと、私自身も驚くばかりだった。

今では何十種類もの「官邸メール」のテーマが用意され、
さらに拡大する様子だ。

この官邸メールひとつひとつには意味があり、まずは多くの
日本国民が実態を知るところとなって、次に多くの方々が
官邸メール等を通じて、政府に改善を迫ることになる。

国家レベルで見ると、多くの国民から意見が寄せられ、
政府としても放置できないとなれば、なんらかの手を打つだろう。
なので、1本でも多くの官邸メールが送信され、政府を動かす
きっかけになれば、それは画期的な「国民的運動」になるだろう。

そのような中で、私が気にかかっているのは、
ファミリー・インテリジェンスの原点に存在する
個人や家族の存在だ。

個人として、あるいは家族として、日本国家存続のために、
協力し合って勉強し、意思行動に出る。
それは実に画期的なことであり、政治意識が高く、
国の実態を正確に把握できる国民が増えることは、
とても健全なことだと思っている。

一方で、国家や国民の存在基盤が堅固になることと並行し、
個人・家族の存立基盤である「家庭」を、どのように強め、
さらには緊急事態に備えるには、誰が何をすればいいのだろうか。
永年、個人と家族の平和・安全に焦点を当てて考えてきた立場では、
国家安全保障と同等以上に、家庭の安全保障が
重要視されるべき時代だとの確信を持っている。

個人・家族のためのファミリー・インテリジェンス・サービスは、
すでに主要ないくつかのカテゴリーを設定し、現在は公開に向けて
コンテンツの作成作業を継続している。
作業をしながら、いつも頭の中から離れない漠然とした疑問があった。

専門家から識者、一般民間人に至るまで、不適切な表現かもしれないが
「木を見た議論」が膨大な数にわたって存在する。
では、誰が「森全体を見た」的確な判断をしているのだろうか。
日本だけでなく、世界の主要国は某金融組織に支配されているとか、
あるいは某秘密結社にコントロールされているとか、
陰謀論までも含めると、ここでも実に多くの議論が交わされている。

今日、ある本を読んでいたら、かなりのページ数を割いて、
旧約聖書のイザヤ書が引用されていた。

数十年前から、毎年必ず読む本を何冊か決め、読書計画を立てている。
その中には旧約聖書も含まれているので、回数だけなら
数十回は読んだことになる。
しかし、イザヤ書は私にとって非常に難解であり、正直にいうと
単に文章を目で追っていただけのような気がする。

今日、改めてイザヤ書の引用文を目にしてみたら、
行間で示されている意味が、直感的に洞察できたという
強い印象を持つことができた。
イザヤ書自体は、具体的で分かりやすいストーリーで構成されておらず、
比喩的な表現に溢れている。

そういえば、何かの神学関連図書で読んだ記憶があるのだが、
新約聖書で、主・イエスは多くの譬え(たとえ)で教えを説かれた。
神聖な教えを理解できない人は、譬えの表象のみを理解し、
真に神聖で大切な部分は、それを洞察できる人のみが学べるように
するためだった・・・と書かれていた。

今日、イザヤ書の引用部分を読み進めるうちに、まったく不思議なことだが、
この古代の預言者の述べた予言は、実はこの末の日といわれる
現代人に向けられた言葉であることが実に明確に理解することができた。

つまり、日本や世界を支配しようとするさまざまな国家、組織・団体は
存在しているが、さらに視野を大きく拡げてみるなら、
この地球全体を目的をもって創造し、最後の仕上げに向かって
準備している超然とした存在がある・・・というのが
キリスト教的・神学的解釈だ。

社会を宗教的に捉えようとすると、普遍化する作業が困難になるのは
重々承知している。しかし、キリスト教であれ、イスラム教あるいは
仏教、神道のいずれもがあたかも自然法のように、人間を尊重する心、
弱者に対する慈悲の心など、通底する要素を多く共有していると思う。

無理に宗教的な解釈をしたり、神学的な視点を勧めるという意味ではない。
私個人が、「非常事態」の発生を視野に入れ、危機管理の具体的な
提言をするにあたり、いわゆる「木を見ず森を見る」というのが、
現実的に何を意味するのかを、直感的に体感できたというだけの話だ。

あまりにも唐突な閃きだったので、永年の難解なテーマがあっさり解けた
嬉しさに破顔一笑し、かつ何やら神聖さが心に満たされた思いで感涙し、
要するに可笑しさと感動が同時に押し寄せるという、まことに奇妙な
体験でもあった。

残念ながら、だからといってすぐに具体的な何かが生まれる訳ではない。
断線しがちの私自身の「思考回路」が、どうやらうまくつながったようだ、
というだけの話に過ぎないが、私自身にとっては非常に大きな収穫だった。


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by hirune-neko | 2016-01-08 22:55 | 心の中のできごと | Comments(2)
Commented by 薔薇姫s at 2016-01-09 10:12 x
おはようございます。

>あまりにも唐突な閃きだったので、永年の難解なテーマがあっさり解けた
嬉しさに破顔一笑し、かつ何やら神聖さが心に満たされた思いで感涙し、
要するに可笑しさと感動が同時に押し寄せるという、まことに奇妙な
体験でもあった。

こういう閃き方はそう度々あるものではないように思います。内面を深く掘り下げる習慣をお持ちでないと体験しないと思いましたわ。(一つの命題に思考をめぐらす…悩む時・・・大きく啓ける)おめでとうございます。

Commented by hirune-neko at 2016-01-09 14:02
薔薇姫sさん

いつも有難うございます。
我ながら、初めての奇妙な体験でした。
でも薔薇姫sさんは、なかなか深くお考えになる方のようですね。
思索するのは人間の特質ですから、考え続けたいと思います。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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