昼寝ネコの雑記帳

人間は決意次第で常に変われる資質を持っている


Charles Aznavour - Comme Ils Disent

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初めてシャルル・アズナヴールを聴いたのは、
22歳の時だったと記憶している。
主要な曲はほとんど聴いたと思っていたのだが、
数十年後に見つけ、いいなと思ったのがこの曲だった。

ブログで一度紹介した記憶があったので調べてみた。
2009年12月の記事で紹介していた。
で、このように書かれていた。

「初めてアズナブールの歌を知ってからもう40年近くなるが、
この曲、Comme ils disentを見つけたのはほんの2年前。
札幌で雪に埋もれ、退院したての母と同居していたときだった。
数十年前に作られた曲のようだが
なぜか新鮮な驚きをもって受け入れることができた。
残念ながら歌詞の意味は分からないし
調べようともしていない。
でも、とてもしっくりくる曲想だ。」


この記事を読んだKC女史が、歌詞を日本語にして送ってくれた。
彼女はリヨンのオーケストラのヴァイオリン奏者で、
当時はすでに定年退職していたと記憶している。
今はリヨンの、高齢者用住宅に住んでいるはずだ。

歌詞は正確に憶えていないが、へえ、と思う内容だった。
母親と同居している男性の日常が記されているが、
彼はゲイ、いわゆる同性愛者で、母親に隠しながら
また葛藤を抱えながら生きている・・・そんな内容だった。

30歳代の頃は、頻繁に往来していたアメリカから、
拠点をヨーロッパに移し、洋書や楽譜の輸入、それと
欧州各地に住む日本人向けに、日本の書籍・雑誌を販売する仕事を
立ち上げた。もちろん、なんとか成立すると思って始めたが
1年も経たないうちに撤退した。
今にして振り返ると、正しい選択だったと思う。
amazon.comと同じような発想だったが、かなうわけがない。

表面しか見ていないものの、感覚的には、ロンドンもパリも
居心地が良かったように思う。
いずれも移民の多い都市で、裏通りに入ると、通りで見る人の
国籍も氏素性も皆目見当がつかなかった。

怖いもの知らずの無謀な行動だったと思う。
しかし、書籍の取次会社、世界中の雑誌を扱う会社、楽譜出版社など
手当たり次第に飛び込んでは、取引契約を成立させた。

濃い霧が立ちこめ、周囲の視界が晴れない状況だったが、
無我夢中で飛び回っていた。

今日は約10時間かけて、10日ほど遅れていた年間読書計画に
やっと追いついた。

読んだ本には、人間の生き方に対する示唆に富んだ記述が
随所にあった。

苦難に遭遇した人間の生き方については、
忍耐強く、人を非難しない寛容さを身につけ、慈悲深さを忘れい。
なかなか難しいことだが、この年齢になって
ようやく意味が理解できるような気がする。

人は誰でも、ある時期は金銭や名誉・地位を追い求める。
しかし、それらが必ずしも絶対的で不変の価値を有するか、というと
そうではないと、今ならいえる。

人によって、価値観が異なって当然なので、
画一的に押しつけることはできない。

しかし、これまでの人生を振り返ってみると、色褪せないものの
大切さが見えてくる。

それは決して知識の量ではないし、銀行預金の残高でもなく、
社会的な地位でもないことが、分かってくる。
もちろん人生の最後の最後まで、それらに執着する人も存在するだろう。

もし人が、自身の内面変化にその価値を見出すならば、
決心次第で、いつでもそこから軌道修正ができると思う。

他者の役に立つ何かに使命感を持ち、努力によって達成感を感じる。
たとえ、ささいなことであっても、そこに価値を見出している。
その継続が、人生を朽ちないものにしていくのだと思うようになった。

もちろん、多少の経済的な副産物があれば、それにこしたことはない。

とまあ、私としては割と崇高な思考を巡らしていたのだが、
背中の筋の負担を軽くするため、床の上に仰向けになって
集中した10時間を過ごしてしまった。
底冷えがしていたようなのに、アホな私は気づかなかった。
結果的にはくしゃみと鼻水が止まらなくなっている。

でも、遅れていた年間読書計画に追いついたのだから、
まあいいことにしよう。


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by hirune-neko | 2015-11-23 23:38 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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