昼寝ネコの雑記帳

自分にとっての根源的な問いかけ


Susana Rinaldi "La ultima curda"

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


ピアソラをヴォーカルで聴きたくなって、いろいろ探してみた。
好き嫌いは別として、存在感のある歌手というのは、
そんなに多くはないということが分かった。

掲載して聴いてみて、気に入らなくて差し替えて・・・
を繰り返すうちに、冒頭の動画を見つけた。

最初にチラッと顔を出し、リナルディを紹介したのは
なんとシャルル・アズナヴールだった。
一瞬、間違えてアズナヴールを選んでしまったのかと思った。

で、次に驚いたのは、一体これは何十年前の動画なんだろう。
リナルディにも、こんな若いときがあったんだ。
でも、歌唱法は昔も今も変わらないのだなと、感心した。

このところずっと、作業に追われる毎日だったが、さすがに
5連休の直前で、少しだけほっとしている。

で、ふと思い浮かんだのは、そもそも人間は根源的に
なんのために生きているのだろうかという疑問だ。

私の母は90歳で、義母は92歳だ。
とっくに平均寿命は過ぎているのだが、もういつ死んでもいいよ、
だなんていうことはいってない。

長生きしてください、というのは簡単だが、では一体
人間は何歳まで生きれば、目標を達成したことになるのだろうか。
先日、101歳という女性がある会合に参加し、自分で歩いて
登壇してコメントをいうのを見た。

150歳まで生きられる秘薬を手に入れたとしても、
ただ生きるだけでは意味がないと思っている。

誰だってお金は欲しいだろう。
いくらでも好きなだけお金をあげるよといわれたら、
一体どの程度の金額をいうだろうか。

1億円でもいいし、1兆円でもいいといわれたら。
しかし、お金は遣うためにあるのだから、重要なのは
何に遣うかだと思うのだが、ただ資産が増えることに
執着する人も存在する。

結局、人間にとって一番大切なのは、何歳まで生きるかではなく、
どれだけの資産を所有するかでもなく、どんな目的、目標、
使命感、達成感、充足感、平安を得るか、なのではないだろうか。

ある程度生きてきて、最近はそのように考えるようになった。

青春時代から、ずいぶん時間を浪費したのは事実だ。
大人から見れば、無意味なことに労力を費やした。
でも、決して言い訳や負け惜しみではなく。
無駄な時を過ごせば過ごすほど、真に大切なものが
見えてくるのだと、最近になって理解できるようになった。

人生はそんなに単純な構造ではないと思う。
いろいろな人たちの言葉を味わっている。

人は成功するときのために、何度も失敗する。
人は真理に戻るときのために、真理を離れる。
人は他人の苦しみを理解し、その人を思いやれるよう、
最初に自分自身が苦しみを背負う。
人生でやり直すのが手遅れというときはなく、
やり直すべきと思ったときが、やり直しに最適な時期である。

30年来の知人が、重篤な病であると電話で知らされた。
医者からは、実質的に余命を宣告された。
でも彼は、淡々と職責を果たそうとしている。
ある新規プロジェクトを、責任者として遂行する立場になり
私に相談してきた。
すべてに優先して、何日かがかりで報告書をまとめた。

そのためには、いわゆる公開情報を収集し分析するという
インテリジェンスの基本知識がなければ、短時間では
まとめられなかったと思う。

サイト上に新設ページを設置し、さらに何ページも
リンクページを作って仕上げた。
さらには、組織的な運営構造を考案し、概念図と
概要説明書を作成して、今日送付した。

すべてを自分で考え、判断し、製作できなければ、
数日では終えられなかっただろうと思う。
いちいち編集者や、ウェブデザイナーやライターに
相談しながら進めていたのでは、数倍の時間を要したと思う。

余命を宣告された彼にとっては、たとえ一日でも貴重な時間だ。
文字通り、寿命を削りながら使命を全うしようとしている。

私とコンピュータの出会いは、おそらく20年ほど前になると思う。
これまでも現在も、技術の習得が追いついていない。
決して楽な道ではなかった。
でも、その苦労をしたのは、今の彼の役に立てるためだった、
と考えれば、これまでの労苦も報われる。

能力もあり、真摯な人間なので、少しでも長生きして
使命を達成し続けてほしいと、心から願っている。

人間というのは、たとえ何歳になっても使命感と達成感が
生きる上での原動力になると思う。

徒労感や挫折感、焦燥感、失望や絶望は、ある意味で
やがていつか、人生の視界が開けるときのために
必要な試練なのだと思えるようになれば、
人並みの大人になったと思っていいのではないだろうか。

音楽には誰だって好みがある。
しかし、ピアソラの作品の根底には、人間や人生に対する、
とくに地上で最も小さく、弱い人間に対する
優しい眼差しがあると、いつも感じている。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2015-09-19 00:41 | 心の中のできごと | Comments(0)
<< 5連休とは、どこの国の話なんだろう? まるで「ままごと遊び」のような... >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
ロマラン さん コ..
by hirune-neko at 15:20
私も色々な曲を聴いた後は..
by ロマラン at 02:15
causalさん ..
by hirune-neko at 23:19
東日本大震災直後、来日予..
by causal at 11:42
causalさん ..
by hirune-neko at 12:11
記事ランキング
以前の記事
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ