昼寝ネコの雑記帳

戦う土俵を自分の規格に合わせて作っている


Astor Piazzolla. Decarisimo. O. Estable del Teatro Colón. José Carli

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私はひょっとして、
相手と戦う土俵を自分の規格に合わせて作っているのではないかと、
最近、そんな気がしてきた。

どんなスポーツにもルールはあるし、普通は戦う場のサイズも
それなりに規格があるものだろう。
しかし、私は自分勝手に戦いを挑んでいるようなものなので、
のこのこと相手の土俵に上がるようなことはしない。

土俵の場所も形状も大きさも、自分で勝手に作り始めている。
一応は最低限の社会規範を視野に入れなくてはいけないものの
基本的にはこれは、知的サイバーゲームようなものなので、
面と向かって、敵対する相手と対峙する訳ではない。

最近、少しずつ確信と自信を持っていることがある。
価値観は絶えず流動的に変遷するし、その時代時代の特性や
流行などで、はやりすたりも出てくるだろう。
しかし、どれだけ年月が経過しても、失われない価値はある。
何かの本で読んだが、ユダヤ人はその決して消滅しない価値を
大事に考えて、政治や経済の仕組みを立てているそうだ。
伝え聞く現在のイスラエルの動きを垣間見ると、なんとなく
理解できるような気がする。

仕事の基本は売上を上げ伸ばし、利益を増大することだろう。
それに異論はない。
しかし、目先の利益を追うために、海外の汚染された食材を
安く輸入し、国内で加工して国内産というラベルを貼る。
そんな商法は今でもまかり通っているようだが、近い将来
そのビジネスモデルは衰退していくだろうと思う。

なんの自慢にもならないが、私ほど営業が苦手で
商売が下手な人間も、そうは存在しないのではないだろうか。
十分に自覚している。

その半面、人間には本質的に何が大切かという問いかけは
永年にわたって、ずっと続けてきているという自負心はある。
なので、ときとして値段がつけられないものもある。
その場合は無料で提供することになってしまう。
人が真に必要とするものは何かを考えるとき、
そこにはある種の使命感が伴うし、おりおりに
達成感を感じることもできる。
使命感と達成感は、人間が生きる上で重要なことなのでは
ないだろうかと思っている。

結果的に、相手が有料でもほしいと思うものを作り、
経済的な収入につながれば、それは拡大再生産になるだろうから
継続性も出てくることになる。

人間には本質的に何が大切か、という答えにはときとして
物質的な場合もあるし、時代の変遷や社会の変化を読みながら
ある意味では哲学的な思索を経た観念的な要素も
必要だろうと思う。
また個の人間を対象とするときには、その根底に宗教に類似する
慈愛、寛容さ、理解、関心などは不可欠な要素だと思っている。

しかし、視点をひとたび人間から国家に移すなら、
それはもう徹底的に冷徹な世界であり、あらゆる意味での
パワーが必要になる。

禅問答のように聞こえるかもしれないが、人間の力とは
なんだろうか。
そんな議論があるブログでなされていて、私もコメントを入れた。

「筋力のある人が力を及ぼせるのは、目の前の重い米俵だけかもしれない。
しかし、たとえ筋力が弱くても、知恵と知識を持つ人が
『正しい』 言葉を発すれば、それを目にし耳にする人たちに次々と伝播し、
結果的に大きなうねりとなり、力になるのではないだろうか。
しかし私の場合は、年齢以上に体力が低下し、
しかも昼寝好きとあって、もうなんの力もなくなってきているのを
実感する今日この頃である」


誰からもなんの反応もなかった。

決して強がりではなく、私は孤立することを恐れてはいない。
理解されないことで疎外感を感じることもない。
否定され、反論されても、そのように考える相手の内面を推測し
理解に努め、決して感情的に反駁しない。

さて、いつも前書きと能書きと抽象論と観念論だけの私だが、
今さらそんな特質を変えることなど、できようはずがない。
なので、理解者が一人現れてくれれば十分だ。
賛同者が一人加わってくれれば十分だ。
顔を寄せても厭がらないネコが一匹いてくれれば、なお結構だ。


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by hirune-neko | 2015-09-15 00:43 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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