昼寝ネコの雑記帳

下から目線の人生は、上から目線より居心地がいい


Elis e Tom - Inútil Paisagem

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おそらく、上から目線で世の中を見ていた時期があった。
正確には思い出せないが、夢中で突っ走っていたときは
人間関係の基準は、メリット・デメリットという尺度だった。
・・・のではないかと思う。

相手の肩書き、地位、能力、資格、資産などを探り
メリット優先の人間関係を築いていた時期が、
確かにあったと思う。

日本もバブル崩壊を経験し、リーマンショックを経験し、
これから先も、何かはあるのだろうが、
人の営みの、なんと脆弱なことか。
必死で築いていた構築物も、大波が寄せて返せば
跡形もなく消え失せてしまう。

両手でしっかり握っていたものも、いつしか砂塵と化し
指の間から全てがこぼれ落ちていく。

そんな空しさを経験した人は多いだろうと思う。
繰り返し経験した人も、少なくはないだろう。

上から目線で見れば、ほとんど価値を見出せない人でも
下から目線で見れば、人生の陰影と余韻を共有できる
貴重な友人であることを発見することがある。

かつて、業界新聞を発行する新聞社を経営し、
幾多の辛酸を舐めた後に廃業し、市営住宅でひっそりと
年金を頼りに暮らす男性がいた。
年齢はほとんど、私の父親のような方だった。
使い込んだ折りたたみの将棋盤と駒を遺して
すでに他界されている。

自称・将棋キチガイの彼と、月に一度対戦するようになり、
やがては厚木の無料将棋教室へ、一緒に通うようになった。
初めての大会で、彼が銅メダルを、私は金メダルだった。
次回は金銀を独占しましょうね、というと
本当に嬉しそうに微笑み、まるで子どものように
無邪気に賛意を表してくれた。

厚木までは、車で行くと約1時間の道のりだ。
どちらからともなく、いろいろな話題で話がはずんだ。
何度も往復するようになり、学生時代は全共闘だったこと、
仕事で裏切りにあったことなどを、ポツリポツリと
話してくれるようになった。

ある日は、松本清張原作のテレビドラマのストーリーを
自分に重ねて説明し、主人公の心象を推察して語った。
ゴーギャンの絵の話が出たり、銀行員だった主人公の
秘められた愛憎を、懐かしむように説明した。

かつての、上から目線の私だったら、おそらくは
そのように過ごす時間を、無意味で無価値だと
判断したのではないだろうかと思う。

自分自身のポジションが最底辺まで堕ちてしまい、
そのまま野垂れ死ぬか這い上がるかの選択を迫られた
時期があったように思う。

這い上がるときには、心身に痛みを伴うことを知った。
同時に、這い上がることもできず、苦しみに
のたうち回る人の苦難を理解できるようになった。

真摯に苦難と向き合う人の生き方に、
感銘を覚えるようになった。
身動きできず、必死に絶望することに抗う人の
心の痛みが理解できるようになった。

上から目線では決して見えなかったことが
とても良く見えるようになった。

誰だって、進んで苦難を望む人はいないだろう。
しかし、苦難を引き受けて乗り越える努力をする人は
人を理解し、寛容になり、慈しむ感情を持つことができる。
その対価は、感動であり、平安であり、魂の浄化だと思う。

現実社会のどの位置にいても、人間は自分自身を低く置き、
下から目線で世の中を、周りの人たちを見続けることができる。

金銭とは無縁の、内面世界の変化ではあるが、
しかし例えどれだけ望んだとしても、これだけは
お金で買うことのできない、貴重で希少な資産だと思う。


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by hirune-neko | 2015-07-13 23:16 | 心の中のできごと | Comments(2)
Commented by takahiro at 2016-01-18 05:20 x
素晴らしい 価値観と目線をお持ちですね
この記事を知れて ランキンクリック すぐ押しちゃいました。
底辺から上に それこそ無償の愛を知れるのかな?と
上も下も平等に見れる今の自身の感覚が そう感じました
ありがとうございます また一つ 自信がつきました
Commented by hirune-neko at 2016-01-18 10:42
takahiroさん

以前の記事をお読みくださり、有難うございます。
ある程度の年齢を経て、いろいろな経験をし、
行き着いたような感じです。
人を表面だけで判断しないようになれれば、人生観も変わりますね。

コメントと応援クリックを有難うございました。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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