情報オーバーロード対応策・複眼思考の勧めAstor Piazzolla - La Felure いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。 情報オーバーロードは、英語では information overloadだそうだ。 Wikipediaによれば、 「情報過多によって必要な情報が埋もれてしまい、 課題を理解したり意思決定したりすることが 困難になる状態」だそうだ。 そこだけを読むと、インターネットの発達で 膨大な量の情報に取り囲まれている 現代人についていわれた言葉のように思える。 しかし、同じくWikipediaの記述によれば、 「初出はバートラム・グロスの1964年の著書である。 アルビン・トフラーが1970年のベストセラー 『未来の衝撃』で一般化させた概念。」だそうだ。 なんと、50年前に情報過多とその弊害について 言及していた人が存在していたのは驚きだ。 おそらくは、本と新聞・雑誌という紙媒体からの 情報だけだったとしても、きちんと掘り下げて 調べ、考える人にとっては、いずれの時代も 情報過多と感じられるのだろう。 私は独学ながら、ファミリー・インテリジェンスを 標榜して、個人や家庭のための情報収集・分析手法を 確立しようと試みている最中だ。 デジタル化された情報なら、保存はほぼ無制限に可能だ。 多くの場合、検索機能もあるのでそんなに混乱しない。 一度読んだだけで記憶に留めることは不可能なので ある意味でデジタル化された情報は、一種の人工知能 であるかのように、貴重な情報源になっている。 つまり、その気になればかなりの情報を貯蔵できるのが 現代人の特長だともいえる。 あるひとつのテーマについて判断するとき、 最も簡単なのは誰かのいうことを鵜呑みにすることだ。 あるいは、特定の新聞や放送局の報道をそのまま 受け入れることだと思う。 しかし、片眼だけでみるなら遠近感が失われるように、 ものごとは、複数の異なる視点から眺めてみて 初めて実像が浮かび上がることが実に多い。 ひとことでいうなら、今までは外国政府や機関による プロパガンダ活動が、やりたい放題だった。 残念ながら、日本にはカウンター・インテリジェンスの、 つまり外部からの諜報活動、機密漏洩などに対する 法的な対抗手段が整備されていなかった。 最近の特定秘密保護法案も、マスコミや学者、法律家の 総動員で大反対運動にさらされた。 もし今、スパイ防止法を制定するとなると、さらなる 大反対運動が起きるだろうと予測する。 なので、危機感を持った現政権は、実に巧妙に (いい意味でだが)関連法案で外堀を埋めてしまった。 しかしこれは、日本政府だけが単独で 恣意的に行っているのではなく、 FATF(マネーロンダリングに関する金融活動作業部会) に端を発する、テロ防止・マネーロンダリング防止の 政府間国際協力機関の要請によるものだ。 これでも名指しされるほど、対応が遅れていた。 異なる視点から見ると、日本がAIIBに参加しないのは 本当にバスに乗り遅れるのか、あるいは外交上の失敗で 世界から孤立するのか・・・それとも、ADBから巨額の 借入を行っており、外資の撤退が顕著で不動産バブルの 崩壊が現実的になって来ている中国政府による、 自己防衛のための起案なのか・・・両者の意見を 比較すると、かなりの実態が見えてくるはずだ。 ちなみに、これまでアメリカ国債のトップ保有国だった 中国に代わり、日本が一位になったそうだ。 何度も書くが、公開情報を丹念に調べるだけでも かなりの実態に迫れるというのは本当だと思う。 ファミリー・インテリジェンス・サービスだとか ファミリー・インテリジェンス研究所などという 看板を掲げるようになったが、これもごく最近の 思いつきではなく、10年にはならないものの、 かなりの年数を費やして、現代人、 とくに子育て中のご家庭に有益な情報を提供する 機能の必要性を痛感するに至ったものだ。 ときどき壁に行き当たることもあるが、 決して間違った方法論ではないと確信している。 今日はちょっと、肩に力が入ってしまったようだ。 いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。
by hirune-neko
| 2015-04-18 17:01
| インテリジェンス
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・1951年
小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。 ・1969年 中央大学経済学部入学 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。 ・1974年 同大学卒業 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。 ・2006年 現在に至る プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。 ・2010年 宇宙の旅 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。 ・現在 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。 お気に入りブログ
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