昼寝ネコの雑記帳

舞台裏、裏通り、裏方、裏窓・・・居心地のいい場所


Roberto Goyeneche - Cristal (de la película Sur)

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人間にはいろんなタイプがある。
目立ちたい人、人前で評価されたい人、
人の視線を集めたい人、外見をよく見せたい人。

でもまあ、それが普通なのではないだろうか。

ちょうど今日は、我が町の市議会選挙だった。
そういえば昨日、期日前投票から帰って
10分も経たない頃、電話があった。
「共産党の○○です」
「はい?」
「このたびは選挙でお騒がせしました」
どうやら女性候補者の方のようだ。
「いえいえ、お疲れさまでした」
「いつも大変お世話になっております」
いや、面識がないんだから、お世話なんか
するわけがないだろうに。
「いろいろ大変でしたでしょうね」
「はい。・・・また宜しくお願いいたします」
「はい、どうぞゆっくりお休みになってください」

おそらくは大接戦で、たとえ1票でも
掘り起こしたかったのではないだろうか。
なので、もう投票は済ませたけど、
あんたには入れなかったよ、
なんていえるわけがない。

何を見たのか知らないが、まあ電話帳か。
私ごときにわざわざ電話をかけるなど、
本当に必死なのだろうと思う。

こんな風に、目的がある人は、そこから逆算して
必要と思われることを行動に移す。

そこで改めて自分のことを考えてみた。

人前に出たくない、表舞台に立ちたくない、
目立ちたくない、人の評価など一向に気にしない、
後ろ指を指されても、陰口をいわれても、
なんとも感じないし気にしない。

居心地がいいと感じるのは、
舞台裏、裏通り、裏方、裏窓など
表からは見えない場所だ。だからといって、
別に裏社会とつながっている訳ではない。

じゃあ、自分の源泉というか源流はどこに
あるのだろうかと、ふと考えてみた。
そんなことを考えるほど
ヒマな一日だったのではなく、
昨日から約十数時間かけて、ようやくサイトの
主要部分を作り上げ、ほっとした頭休めだ。

ある商品を売りたければ、最も適切な
マーケティング手法で売りまくればいい。

しかし、少なくとも5年以上かけて
抽象的なイメージから試行錯誤を続け、
ようやく骨格と入り口ができた程度であり、
何も売るものはなく、お金を払ってもらう
名目も何もない。

当面しばらくの収益予定はゼロだ。
なのに、相変わらず毎日どこかに向けて
前進しようとしている。

方向性には自信と確信はある。
緩やかな斜面の丘に登り、ある程度まで
到達してようやく、視界遠くに次の目標が見える。
霧や厚い雲に覆われて、視界ゼロの時もある。
しかし、たとえ無視界飛行であったにせよ、
自分の信じる方向に進んでいれば・・・
1歩でも進めば、到達点までの距離が1歩縮まる。

そんな気の長いプロジェクトに取り組んでいる。

なので私には、目的から逆算して行動に移す、
などという器用な選択肢がない。
あくまでも愚直まっしぐらだ。

大体が、日本語でも英語でもGoogle検索で
出てこないような概念を
現実化しようとしているので
誰か先人に教えを請うこともできない。

いろいろなカテゴリーの専門家から学び、
断片的な知識を得て、あくまでも自分自身で
青写真を描かなければならない。

無様で格好が悪く、外見も気にせず
億万長者を続出させているらしい手法には
目もくれず、ひたすら舞台裏でこつこつと
いつ上演されるか、なんの保証もない
脚本を書いているようなものだ。

ピアソラの曲をゴジェネチェが歌う。
歌うというよりは、親しいおじさんが
語りかけてくるような感じだ。
スペイン語は理解できないので、
歌詞の意味は不明だ。

「おいお前、まだそんなことやってんのか。
一体いつになったら日の目を見るんだい。
たまには外に出て、太陽の光を浴びなよ。
体を壊しちゃ、なんにもならないだろ?」

ゴジェネチェの作詞なのか、フェレールなのか
そんなことも知らないが、ゴジェネチェの
歌を聴いていると、歌詞の内容を
自分勝手に解釈して、励ましを受けて
いるような気分になっている。

さて、また明日も一歩だけ前進しようと思う。


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by hirune-neko | 2015-04-12 23:27 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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