昼寝ネコの雑記帳

とりあえず日本語・英語・フランス語・スペイン語


Eliane Elias - Falando De Amor (Tom Jobim)

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いや、私が日本語だけでなく、英語やフランス語・
スペイン語を流ちょうに話すという意味ではない。

飼いネコのシロがまだ生きていた時期にSNSに誘われ
本名を出すのはいやなので、ペンネームを
昼寝ネコにした。
昼間でもいつでも、クウクウと気持ち良さそうに
眠っているシロが羨ましくて、それで昼寝ネコにした。

日本語以外の表記が必要になった訳ではないのだが
メールアドレスや何かと横文字の時代なので、
英語ではsleepy catと名乗ることにした。

ごく最近、facebookでフランス語ではどう表現するのが
最もニュアンス的に近いかとつぶやいたら、
フランス語に堪能なfacebook友だちが、あれこれ
熟考の末、Chat Somnolentを推薦してくれた。

そうこうするうちに、スペイン語でも検討してくださり、
途中からコロンビア在住のfacebook友だちも参戦して
くれるようになった。
私にはチンプンカンプンの分析・検討の結果
スペイン語ではGato Soñolientoがいい、というのが
お二人の共通意見となった。

したがって、現時点では4カ国の渡航ヴィザを
取得したような嬉しい気分になっている。

・日本語:昼寝ネコ/ヒルネネコ
・英語:Sleepy Cat/スリーピー・キャット
・フランス語:Chat Somnolent/シャ・ソムノラン
・スペイン語:Gato Soñoliento/ガト・ソニョリエント

とまあ、こんな感じだ。

この多言語ネーミングは、眠っていた私の妄想癖を
呼び覚ますことになってしまった。

昼寝ネコが文章を書いている、子どもの名入れ絵本は
現時点では日本語でしか製作していない。
かなり以前から、アメリカその他の海外原産で
製作されている名入れ絵本は、日本語化されて
現在でも国内代理店が販売している。

実はここだけの内緒の秘密の機密情報なのだが、
内心密かに、この絵本の多言語出版を考え
真剣に検討していた時期がある。
製本は、製本職人さんの100%ハンドメイドで
とても堅牢な造本になっている。
一生涯、家族の思い出・記念として保存可能だ。
実際にネイティブの米国人数人に翻訳文の試作を
依頼してみたが、確信が持てなかった。

海外版の名入り絵本の本文は、ひと言で評価すれば
割とカジュアルで軽いノリを目指している。
一方、昼寝ネコの「大切なわが子へ」の本文は
親から子どもへの心からの愛情メッセージだ。
読みながら涙が止まらなかったとか、ご主人が
号泣したとか、そんな感想葉書が、絵本を
プレゼントした産婦人科の院長先生に届いている。

シングルマザーのための文章も作ったし、
死産や流産で赤ちゃんを見送ることになった
ご両親のために、天使版も作った。
先天性の障がいを持つ赤ちゃんが生まれ、
不安と心配に包まれているご両親用の文章もある。

東日本大震災で、多くの方が子どもを亡くし
親を亡くした。福祉団体からの依頼で
そのような方々の心のケアとなるる文章も作った。
それぞれの出産シーンや人生の異なるシーンに
優しく寄り添った文章を、心の奥深くに届けよう
というのがそもそもの基本動機だ。

日本語で日本人のために書いた。
まあまあ心に届いているという実感がある。

しかし、多言語版となると個々の感性の違い以上に
国民性の違いによるメンタリティの差異を
どのように乗り越えるかが最大の課題だ。

学生の頃なにかの本で読んだ。
日本人女性の場合、普通は離婚すると
傷つき希望と未来を失う・・・のが一般的だろう。
ところがフランス人女性だと、まったく思考が異なり、
離婚直後から、よし、もっといい男を見つけるぞ、
と前向きだそうだ。
どこまでが本当か私は分からない。

しかし、ここでまた内緒の秘密の重要機密を
そっと打ち明けるが、実は私は本当に本来はネコであり
しかも紀元前約1,000年の
古代イスラエルに生まれている。
その後の約3,000年の間、何度も生まれかわり、
いろいろな国で生きてきた。
なので、普通の人よりはずっと、各国人の異なる
メンタリティーに接して来たという自負がある。

なので、もし状況が整うならば、つまり
まずはネコネットを通じ、
どっぷりと日本に浸かりきっている私の日本語を
各国のメンタリティーに合わせて、上手に翻訳してくれる
昼寝ネコ一族の末裔を探し出せれば、あとは
人間用のインターネットを駆使して受注し、
各国語の絵本を日本の製本職人さんの
堅牢製本でお届けできる。
代金前払いのPaypal決済だと、リスクも発生しない。

そのときまでに、なるべく多くの原語で
せめて昼寝ネコの名前だけでも、翻訳しておきたい。

・・・とまあ、そのような次第で、大変奇特な
facebookの友だち二人の協力により、すでに
4カ国語での対応が可能になってしまったし、
持ち前の妄想癖にも点火されてしまった次第だ。
その奇特なお二人には、この場をお借りして
心からの感謝をお伝えしたい。

何が起きても不思議ではない時代なので、
案外ひょっとしてひょんなことから、
実現しないこと・・・もないのではないだろうか。
なんとなくだが、そんな気がしてきた、
久しぶりに嬉しい気持ちを感じている。


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by hirune-neko | 2015-02-20 00:29 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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