昼寝ネコの雑記帳

晩年にフラッシュバックする光景


Astor Piazzolla - Jardines de Africa

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長男に誕生日のメールを送っても、
参考になりそうな資料をメールで送っても、
さっぱり返信がない。
そうなると、親というのはあれこれ心配して
病気や事故などの想像を巡らしてしまう。

思いあまって今日、「大丈夫なのか?」と
メールを送ってみた。
すると、10分も経たないうちに返信があった。

昨日、ドイツに到着し、
その日から仕事を始めているという。
最近は月に一度はドイツに行っているらしい。
一日3〜4時間の睡眠がずっと続いているが
毎週クラブチームのバスケに参加しているし、
最近、何種類もの進行性ガンの検査を受けたが
全然問題なしだったと書かれていた。

「便りのないのはいい便りだよ」といっている。
何を馬鹿なことをいうんだろう。

私は4人の子どもたちそれぞれの、
正確な年齢を知らない。聞いたって、年齢は
毎年変化するのだから、記憶に留めることはできない。
誕生日は不変なので憶えている。しかし、
四捨五入すれば40歳になるのと、30歳になるのとに
大別できる程度のことは把握している。

かなり以前、カウンセリングをしている人から聞いた。
人生にはある時期、フラッシュバックといって
遠い過去の忘れていたことや忘れ去りたいことが
なんの脈絡もなく、突然映像を伴って
思い出すことがある、
そんな感じの内容だったと思う。

脳内に映像を伴って現れる人物の日常を、客観的に
凝視することがしばしばある。
それを素材にして、短いストーリーを紡ぐのは
なんとなく創作活動に携わっているようで
充実感がある。

しかし、突然自分の醜悪な過去の情景が
映像とともに悔悟の念を伴い、
脳内に投影されることが多くなってきた。
以前、単行本を出版したときにあれこれ
助言してくれた女史がよくいっていた。
作家というのは、
自分の最も醜悪な部分を表現できなければ
プロとはいえない、といっていたのを思い出す。

どんな醜悪な情景だったかなど、
ブログになんてとても書けそうもない。
もちろん自叙伝ではなく、創作作品中の情景ならば、
読者はまさかそれが私の実像だなんて
考えないだろう。

数ある奇跡の中で、何が一番大きな奇跡だろうか。
人間がその生き方を変えようと決心し、
努力することが最も大きな奇跡だと思う。

福祉団体からの依頼で、5〜6回の面談に立ち会った
男性がいた。ある宗教団体に属していたのだが、
お酒とタバコと睡眠導入剤に依存し、いかにも
体調が悪そうで、ときどき何度も咳き込んだ。

ある日決心して、お酒を止め、タバコも止めた。
彼が心からの心情を吐露したときのことを、
鮮明に憶えている。

「とても平安な気持ちを感じます。
私はどこに行っても、
誰からも受け入れられませんでした。
でも、皆さんはいつでも私を受け入れてくれました」

その会話から2週間ほど経った昨日、福祉団体の方が
最近その彼から連絡がないので、電話してみてほしいと
依頼してきた。
携帯電話に何度かかけてみたが、
電源がオフになっている
というアナウンスしか聞くことができなかった。
その旨を福祉団体の方に報告しようと思い、
電話してみた。

「私たちは彼のお友だちに連絡をとってみたのですが、
彼は先週の日曜日に、亡くなったそうです」

一瞬、絶句してしまった。
おそらくは60歳ぐらいだっただろうか。
葛藤と苦難の中を生きてきて、初めて平安を感じ、
まさに生き直そうと決心していたその時期に、
彼は還らぬ人となってしまった。

心の中を推し測ることはできない。
無念な気持ちなのだろうか。
あるいは、永遠の安息に入り本当の意味で
平安な気持ちに満たされているのだろうか。

もう会えなくなってしまったが、
私なりに乏しい時間を割き、心に促されるままに
できるだけのことはできたと感じている。

またときどき、フラッシュバックに悩まされる
こともあると思うが、どんな内容であれ、
心の中の葛藤とは、真摯に向き合って生きようと
改めて感じている。

さようなら。ましゅうさん。


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by hirune-neko | 2015-02-17 01:31 | 心の中のできごと | Comments(0)
<< 最近は猛スピードで時間が駆け抜ける どうやらこんな感じかな? >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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