昼寝ネコの雑記帳

断食、昼寝、驚嘆、追憶、平安


Lady in Satin Billie Holiday & Ray Ellis - The End of a Love Affair (Columbia Records 1958)


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今日は朝から断食をしている。
朝の内は少し辛かったが、どうやら身体が馴染んできて、
目標はあと数時間なので、大丈夫そうだ。

睡魔がひどくなり、横になった。
あおむけになり、iPadを手で支えて読み始めた。
途中、なんども眠りに落ちてしまい、その都度
iPadが顔の上に、ゴツンと落ちてきた。

ある言葉がどうしても思い出せず、気になった。
禁書のような意味で、しかし完全に焼却してしまう。
漢字も正確に覚えていないし、読み方も思い出せない。
はんしょ、ほんしょ、ぽんしょ、ばんしょ???
なので国語辞典も漢和辞典も役に立たず、
googleに頼ってみた。
「本を燃やす」で検索すると、
最初のページにちゃんと出てきた。
「焚書」であり、読みは「ふんしょ」だった。
さすがにもう忘れないと思う。

facebook上に作った、ピアソラ・ファンクラブに
会員登録の承認申請が入っていた。
日本人ではなく、どうやら南米の方のようだ。
メンバーの福岡さんに報告したところ、
すぐに返信があった。

アルゼンチンにはピアソラのファンクラブがあり、
その名もそのまま「Astor Piazzolla」だそうで
申請してきた方は、その会長さんだという。
すぐに確認できる福岡さんも凄いと思うが、
そのような方の目に留まり、しかも会員登録申請を
してくださるなんて、大変光栄なことだ。
それもこれも、連日にわたり、福岡さんが
ピアソラの珍しい演奏や楽曲を投稿してくれている
からだと思っている。
たった今、また二人目の登録申請があった。
たぶん、アルゼンチンからだと思われる。
いやあ、驚いた。


今日は一気に仕事モードに入れず、
ぼんやりするという贅沢な時間を過ごしてみた。
唐突に、高校生の頃、毎日通ったジャズ喫茶を
思い出した。
おそらく、今ではもう存在していないだろう。

質のいい大人のジャズファンが集まる店で、
毎月持ち回りの研究発表が行われるという
なかなかアカデミックな空間だった。

ピアニストのマル・ウォルドロンは
あまり聴かなかったが印象に残っている。
All Aloneという曲が特徴的だったが、
Left Aloneの方がずっと音楽的だ、などと
思い出すうちに、ビリー・ホリデーとの
エピソードも思い出した。

マル・ウォルドロンは数年間、ビリー・ホリデーの
伴奏者を務めたが、ビリーは程なく他界してしまう。
Left Aloneの作詞はそのビリー・ホリデーだが、
彼女が歌うのを聴いた覚えがない。
もっぱらジャッキー・マクリーンのサックスを聴いた。

女性ジャズ・ヴォーカルとして、彼女の独特の
クセのある歌唱法が、どうしても好きになれず、
とうとうアルバムは1枚も購入しなかった。
・・・と思っていたが、思い出した。
「Lady in Satin」というアルバムで、
オーケストラと協演しているのを購入していた。
確か、学生時代アルバイトをした日給を持って
そのままレコード屋さんに買いに行ったはずだ。

「The End of a Love Affair」を選んで紹介した。
この曲の歌詞を訳すと、ほとんどド演歌だと思う。
「I am a fool to want you」という曲も
収録されていて、なかなかいい曲だと思う。
でも、歌詞を翻訳してしまうと、
「私バカよね、おバカさんよね」という演歌と重なる。

おそらく、ビリー・ホリデーはそんな生き方の
女性だったのではないだろうか。
そんな奔放で情熱的な彼女を、傍で静かに見守り続けた
マル・ウォルドロンが作曲したAll AloneもLeft Aloneも
案外、演歌調の男心だったのかもしれないと考えると
なんとなく得心がいくような気がする。
今にして思えば、音楽的に早熟だったかもしれない
高校生・17歳の自分を、懐かしく思い起こしている。

こんなことばかり書いているが、
決して仕事はおろそかにしていない。
ようやく営業の攻め方が具体的に見えてきて、
資料作成の青写真ができた。

右半身でブログを更新しているが、
左半身ではちゃんと、仕事もこなしている。
・・・単なる言い訳だけど。


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by hirune-neko | 2015-01-23 15:42 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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