昼寝ネコの雑記帳

現代人に必要な生き方のメソッド


Un Dia De Noviembre, Leo Brouwer/ Per-Olov Kindgren

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情報操作と情報過多が交錯する現代社会で
現代人に必要な生き方のメソッドというものがある。
それに対する確信は強い。

それが何かという明確な結論は出ていないが、
あれこれ考えてきて、少しは核心に迫ってきたという
実感がある。

面白いもので、抽象的な概念はただひたすら考えていても
なかなか姿を現さないようだ。
トーストが焼けるのを待っているときや、
ポットのお湯が沸くのを待っている間、
ふとしたときにイメージが浮かぶ。

相変わらず国家インテリジェンスと、ベクトルが正反対を
向いているファミリー・インテリジェンスの
融合させられる領域と根本的に異なる領域について
ずっと考えている。

前者は国民をひとかたまりで考える。それに対し、
後者は個を最重要視し、個の総体を国家と考える。
そこで最も厄介な問題は、国民には個々に異なる
バックグラウンドがあるということだ。

政治、宗教、思想信条、価値観、人生観、国家観、
趣味嗜好まで視野に入れてしまうと、まさに
収拾がつかなくなってしまうように思える。
そのような集合体を構成する個々に対し、
共有してもらえる生き方のメソッドが、本来は
ファミリー・インテリジェンスの本質だと思う。

最も避けるべきなのは、対立構造が最終的に
感情的な対立構造に変容してしまい、
ついには言葉で決着がつかず、武力行使に
至ってしまうことだろう。

小規模な暴動からテロリズム、果ては国家間の
戦争にまでエスカレートしてしまいかねない。
ディスカッションやディベートという、
比較的冷静な対話があり、お互いの意見の相違を
尊重して人間的に融和できるのが理想なのだが、
それにはどのような方法があるのだろうか。

一見すると解決法が視野に入らないのだが、
ふと思い至った。
現代人は知識を偏重しすぎており、感性や情緒など
目に見えない要素が希薄になっているのではないか。
その知識も明らかに情報オーバーフローの
インターネット社会にあって、逆に個の視野を
狭隘にしてしまっていると危惧している。

飛躍した暴論に聞こえるかもしれないが、
もし誰かに提案するとしたら、それは
「RBLメソッド」となるのではないだろうか。
googleで検索したが、1件もヒットしなかった。
するわけがない。今日考えついたばかりなので。

RBLとはなんのことはない。
単にRead Between the Lines、つまり日本語でいう
「行間を読む」というイメージだ。
日本国内だけでも、歴史観を巡る対立構造が
いくつも存在する。A論の人たちとB論の人たちが
激しく対立している。
基本的には歴史的事実というのはひとつのはずだ。
なのにどういうわけか異なった歴史観が存在する。

それはなぜなのだろうか、と考えるのがつまり
行間を読むことであり、便宜的に思い浮かんだ
RBLメソッドである。
インテリジェンス手法でいうところの、
情報収集と分析だといわれればそのとおりだ。
しかし、バックグラウンドがそれぞれに異なる
個に対して情報提供や提言を行う場合は
通常のインテリジェンス手法に加え、
情報提供と提言の方法論がとても重要になる。

特定の政治団体や宗教団体であれば、自己の主張を
明確にすればいいわけなのだが、私たちが目指す
ファミリー・インテリジェンスは単なる
オピニオン団体では成り立たない。

ようやくここまで整理がついた。
最後まで残る問題はおそらく、対立位置に
立っているかもしれない方々に対して、
どのように情報提供と提言を行えば、それぞれが
自主的に行間を読むというメソッドを受け容れ、
同時に私たち自身が、対立構造に巻き込まれずに
機能を果たせるか。これが最大の障壁だと思う。

従軍慰安婦の強制連行や南京大虐殺があったのか、
なかったのか。明確に結論づけて主張すれば
気分的にはすっきりするだろうと思う。
自分がすっきりしたいだけなら、声高に
意見を述べればいいだけの話だ。

その解決策が思い浮かぶまでには、まだ時間が
かかりそうだが、かすかなヒントは思い浮かんでいる。
論理的には到達できないであろうから、
天啓の閃きのようなものが降ってくるのを待っている。

今日はギターレッスンの日だった。
先生が標題の「11月のある日」という曲を
目の前で演奏してくれた。
生演奏で聴いたが、とても感銘を受けた。
いい曲を編み出す作曲家は、ピアソラだけではないと
再認識した。
落ち着いた地味な曲だが、味わい深い曲想だ。
作曲家のレオ・ブローウェルはキューバの方だそうだ。
いろいろな演奏があったが、ピアソラの曲も演奏している
ペオ・キンドグレンを選んでみた。
いい曲との出会いは、本当に嬉しいものだ。

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by hirune-neko | 2015-01-20 01:45 | 心の中のできごと | Comments(2)
Commented by 日本晴れ at 2016-04-16 13:13 x
こんにちは、「昼寝ネコの雑記帳を辿る旅」の途中、立ち寄らせて頂きました。

>政治、宗教、思想信条、価値観、人生観、国家観、
>趣味嗜好まで視野に入れてしまうと、まさに
>収拾がつかなくなってしまうように思える。
>そのような集合体を構成する個々に対し、
>共有してもらえる生き方のメソッドが、本来は
>ファミリー・インテリジェンスの本質だと思う。

う〜ん、深いですねえ。 (独身で実家を離れ自立して生活されている方も含め) ある意味、家族という生活最小単位で、外部環境の異変に備えておけるか、というリスク・マネジメント的な知恵、と考えてもいいでしょうか。 自分でも人生かつてこれほどまでに混迷感や閉塞感、変容を感じる時期は無かったような気がします(考えようによっては、感じ具合も個人差があるでしょうし、歴史上、身体的にもっと過酷な時代もあったのでしょうが)。 いずれにせよ、本質が問われ、同時に本質を理解する必要性が問われる時期に入ったのでしょう。

>日本国内だけでも、歴史観を巡る対立構造が
>いくつも存在する。A論の人たちとB論の人たちが
>激しく対立している。
>基本的には歴史的事実というのはひとつのはずだ。
>なのにどういうわけか異なった歴史観が存在する。

近代史等、比較的断定的な記事・文書等の(捏造ではない真性)証拠が存在するぶんに関しては、論理的な主張が認められるべきだと思います。
一方、数千年の歴史の太古の部分については、(世界各地・各国に存在する)神話や伝説を研究することは有意義である一方、確実に立証出来ないほど古い対象をむやみやたらに断定するのはどうかと思います。例えば、「君が代」についても、‘元来は... 詠み人知らず... 男女間のラブソング’ の可能性と ‘日本を象徴し、日本の為に祈り続けられる天皇・皇室と日本国家の、悠遠な歴史にわたる繁栄を祝い、祈る歌」という意味が併存・共存していても何ら問題無いと思います。 共存性を尊び寛容であるところも、義を重んじることと同様、日本人の誇りであり、諸外国の国歌の多くが‘勇ましく武器をとって立ち上がろう’といった内容であることと比較しても、「君が代」は日本国歌として他に考えられないほど素敵な歌だと、素直に感じます。
Commented by hirune-neko at 2016-04-16 16:36
日本晴れさん

ずいぶん遡って読んでくださっているんですね。
有難うございます。
自分で読み返してみて、なるほどと頷いています。

「混迷感や閉塞感、変容を感じる時期、本質が問われ、同時に本質を理解する必要性が問われる時期」

そうですね、私もそう思います。
私自身が、ずっと自問しているテーまでもありますので、
講義するというのではなく、一緒に考えながら、
的を絞っていきたいと思っています。
そういう姿勢を維持することが、大切だと思います。

有難うございました。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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