昼寝ネコの雑記帳

いよいよ2015年が始まった


Daniel Mille - Astor Piazzolla - Cierra tus ojos // Arr. Samuel Strouk

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去年から今年へと、切れ目なく移行したような感じだ。

普通は、年末・年始というブレーク・タイムが
あるのだろうけれど、年末は深夜まで処理作業があり、
元旦も午前中から、普通に作業が始まって
今日に至っている。
忙しい生活の方が好きなので、
幸せなことだと思っている。

2015年の計画表もなんとか出来上がり、
「希望に満ちた(笑)」新しい年がスタートした。

今年の抱負(1)は「闘う男になる」だ。
まずは近々、欧米の軍隊や警察制式採用の
「特殊警棒」を購入しようと思っている。
ウォーキングがどうしても夜になるため、
変な人間に絡まれたら、戦闘モードいっぱいで
闘いを挑み、撃退しようと決意している。
まるで、海外からいいがかりをつけられっ放しの
今の日本人に状況が酷似している。
私は断固として闘う・・・攻撃は最大の防御だ。
あっ、これは将棋の話だったが、まあ一緒だろう。

今年の抱負(2)は、「疑い深い男になる」だ。
昨秋から、某大学の大学院に聴講生として通っている。
講座名は「インテリジェンス」だ。
ずっと独学(というほどは勉強していないが)で
行き詰まってしまったため、本来は学期の途中からの
聴講は認められないのだが、粘り勝ちで黙認してもらい
図々しく、教室にもぐり込んでいる。
だが、最初から耳馴れない言葉が飛び交った。
オシント?、ヒューミント?、シギント?

Wikipediaで調べると、以下のように説明されている。
【オシント】
新聞・雑誌・テレビ・インターネットなどのメディアを継続的にチェックしたうえで、書籍・公刊資料を集めて情報を得る手法。英語では「オシント」(OSINT:Open source intelligence)と呼ばれる。各国の情報機関は、諜報活動の9割以上はオシントに当てられるとされる。

【ヒューミント】
人間を介した情報収集の方法。有識者から話を聞いたり、重要な情報に接触できる人間を協力者として獲得・運営し、そこから情報を入手する。英語では「ヒューミント」(HUMINT:Human intelligence)と呼ぶ。各国の在外公館(大使館・総領事館など)には情報機関からの出向者などが駐在してヒューミントに従事している場合が多いが、彼らは任地国で合法的なヒューミントを行うのが一般的である。合法的なヒューミントにとどまっている限りは犯罪ではないが、任地国政府の防諜機関(日本の場合だと公安警察)は情報機関からの出向者を行動確認しており、一線を超えた場合にはペルソナ・ノン・グラータが発動され、任地国から退去を求められることになる。

【シギント】
通信や電子信号を傍受する事で情報を得る方法。英語では「シギント」(SIGINT:Signals intelligence)とも呼ばれる。旧日本軍では「特殊情報」と呼ばれた。

とまあ、情報分析の手法説明では、こんな感じの講義だ。

今年の抱負(3)は、「独創的な発想の男になる」だ。
これはまあ、ここ数年の構想を具体化する
ということなのだが
コンセプトはあるものの、具体化するには何種類かの
異なる技術的な壁を乗り越えなくてはならない。
サイトの構築がベースだが、サイト内でデータベースの
検索や一覧表示、並べ替えを実現するための
技術が必要だ。

新規営業先へHTMLメールを一定期間で、連続して
自動送信するソフトにも、まだ手が付いていない。
紙の本の単行本は、これまでに何冊も手がけたが、
電子書籍化して、インターネットで販売できるように
仕組みを作ることがまだできていない。

ついでながら、日本語の電子書籍を英語やフランス語、
スペイン語など多言語出版するための、翻訳家仲間を
募りたいのだが、まだ手が付いていない。

あれこれ異なる要素を、ひとつの構想にまとめ、
独創的なプロジェクトにしたいと考えている。
モノ作りではなく、ある意味では情報提供事業だ。

毎年毎年、挫折を繰り返しながらも諦めずに
少しづつだが前進はしているように思う。
今年はなんとか基礎の造成まではこぎ着けたいものだ。

さて、身体の機能低下とどのように折り合いをつけて
前進できるだろうか。
今年も相変わらず、干支はネコ年だと言い張っており、
行く年も来る年も、永遠に年男として励んでいきたい。


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by hirune-neko | 2015-01-03 17:55 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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